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ロサンゼルスの不動産専門チーム代表のブログ

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考えが異なる人とのコミュニケーション

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考えが異なる人とのコミュニケー...
 
 
全く異なる意見を前にして、私はこう反応していた。
「えっ?何を言っているの。それは間違っている」
 
異なる見識に耳を傾けず、自論を押し通す未熟さがあった。
言われた方は当然気分を害し、反論をする。
 
これはコミュニケーションではない。
視野の狭い自己主張の衝突にすぎず、生産性のない論争だ。
 
「違い」から逃げず、争わず、共存できたとき、人生は広がる。
それは同時に、自己成長のプロセスでもある。
 
人は、幼少期の環境の中で

  どう安全・安心を得たか、
  どう仲間をつくったか、
  どう評価や報酬を得たか、

その積み重ねによって、事実認識や価値観、優先順位を形づくる。
 
 
意思の疎通は一方通行では成立しない。
自我をいった横に置き、反論も説得もせず、まず理解に徹する。
 
 「どういう理由でそう考えますか?」
 「どうなれば良いですか。何が困りますか?」
 「最も重要なことは何ですか?」
 
—— 話を聞いてもらえると、人は「敵ではない」と感じる。
 
 
 「それは大変でしたね。辛かったでしょう」
 「よく頑張りましたね。やっと安心できますね」
 
—— 感情に共感されると、防衛は和らぐ。
 
 
 「つまり、○○だから△△となったのですね」
 
—— 言い分を理解してくれると、信頼が生まれる。
 
 
 「もし○○だとしたら、別の見方もありそうですが、どう思いますか?」
 
相手が「敵ではない」と感じ、自分の話が受け止められたと実感して、
初めて異なる意見は届く。
 
これは単なるテクニックではない。
「分かり合いたい」という真意が土台にある。
手法として使えば、その意図は必ず見透かされ、関係は崩れる。
 
 
私は本当のコミュニケーションを学び続けたい。
 
 
 

ワオ!と言っているユーザー

「愚」

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「愚」
 
 
今の世の中を見て、「愚」を感じる人は少なくないと思う。
 

「愚かさ」を哲学的に捉えると、単なる「知識の欠如」ではなく、「真理に対する向き合い方」の問題として定義されるそうだ。
 
古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、本当の愚かさとは知識がないことではなく、
「知らないのに、知っていると思い込んでいること」だと説いた。

自分が、”まだわかっていない、知らない”、と自覚している人は、学ぼうとする「賢者」への道にいる。
 
自分の知識や価値観を絶対だと信じ込み、問い直すことをやめてしまった状態こそが、哲学における最大の「愚かさ」とされている。
物事をありのままに見るのではなく、自分の都合や欲望というフィルターを通して見てしまうことが「愚」。
 
 
「自分は愚かである」と素直に学ぶ心を持っている限り、その人は哲学的には「愚か者」ではない。
 
 
 
“愚か者であると思うことが、愚か者でない証”
 
これを忘れずに、日々を過ごそうと思う。
 
 
 

ワオ!と言っているユーザー

Confidence

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Confidence
 
 
物怖じしない、Confidenceを持ちたかった。
でも、自信の本質を大きく勘違いしていた。
 
自信とは「誰かより上に立つこと」ではない。
他人と比べて優れていることでもない。
 
もし自信を「他との関係」で考えたら、それはもう自信ではない。
それは、ただの格付けであり、“上下、優劣”。
 
自信と格付けは、まったく別のものだと学んだ。
 
「自信を持つには、人よりすごくならなきゃ」と思いがちだが、
いちばんの間違いは、他人と自分を比べること。
 
  誰に対しても同じように接することができるか?
 
  著名人や億万長者に会っても、
  通りすがりの人や近所の子供たちと会っても、、
  
  まったく同じ自分でいられるか?
  同じ落ち着き、同じ自然体でいられるか?
 
そこに本当の自信が存在する。
自信がある人は、上下や立場を意識しない。
 
私たちは、無意識に地位やステータスで人を見てしまう。
 
自分の立場が上だと思う場で威張ってみたり、
逆に、自分が引け目を感じる環境で委縮してみたり、
 
威張りも委縮も、同じコインの表と裏。
一見全く異なるようで、実は、同じものの異なる側面
 
 
本当の自信は、誰かより上になることではなく、
そのままの自分で、誰に対しても自然でいられること。
揺るがない「自分」を築いていること。
 
そんな人になりたい。
 
 
 

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新年の抱負と、脳の仕組み

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新年の抱負と、脳の仕組み...
 
 
年のはじめ、多くの人が新年の抱負を立てます。
1月が終わる今、その抱負を持ち続けているだろうか。

最近聞いた興味深い話をシェアします。

「続かない自分は、意志が弱い」
そう思っているなら、少し安心してください。
それは性格の問題ではなく、脳の仕組みが関係している。
 
人間の脳には、大きく二つの働きがある。
命を守るための「自己保存」と、成長しようとする「成長欲」
車で言えば、ブレーキとアクセル。
 
怖くて動けない、挑戦するとすぐ挫折する。
それは根性不足ではなく、ブレーキが強く踏まれている状態
誰だって、及び腰になるのは当たり前。
 
では、どうすればアクセルを踏めるのだろうか。
 
1つ目:

理想の未来だけでなく、本当は向き合いたくない、
「何もしなかった未来」も、はっきり思い描くこと。
5年後、10年後、20年後、の大きな違いを五感でイメージする。
脳が動くのは、「このままではまずい」と気づいたとき。

2つ目:

やる気に頼らず、小さな習慣をつくること。
大きな変化はブレーキを強める。
1ミリの行動を、淡々と積み重ねるだけでいい。

3つ目:

環境と感情を味方につけること。
人は論理ではなく、感情で動く。
前向きな人、言葉、空気に、意図的に身を置く
周囲の環境、人間関係は想像以上の影響力がある。

私は、弱気になったら、こう自問しようと思う。

 「これは本当の危険か?」
 「それとも、成長を止める妄想か?」
 「このままで10年後に後悔しないか?」

本当の危険なら、ブレーキでいい。
もし、ただの過剰反応なら、ゆっくりアクセルを踏む。
迷ったら、止まらず一歩前進、そしてもう一歩前へ
動くと、怖さが徐々に薄れて行くのがわかる。

生きるとは、
動き、出会い、悩み、笑い、泣き、体験を重ねること。

ある言葉が、心に残っている。
「行動しなければ腐る」

私の今年の抱負は、
 迷ったら、ゆっくりアクセルを踏む

ちょっと怖いけど、ワクワクしてきた。
 
 
 

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やり返さない

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やり返さない
 
 
 誰かに急に割り込まれたり、
 カフェで知らない人にきつく当たられたり、
 車のクラクションを鳴らし中指を立てられたり。
 
その人たちとは、今まで会ったこともないし、
たぶんこれからも会うことはない。
 
何か私に問題があるのか?
どうして私にそういう態度をとるのか?
一瞬の出来事で、一日が嫌な気持ちになることがある。
 
そんな経験を通して学んだ。。。
 その人たちは、“あなた”に怒っているわけじゃない。
 あなたとは関係のない、
 何か重たいものを心の中に抱えていて、
 たまたまその導火線にあなたが触れてしまっただけ。
 
だから、誰かにきつく当たられても、
 それに感情を乱されない。
 やり返さない。
 
代わりに、
「I hope you will be all right」。
皮肉でなく、違う観点で受け止める。
 
この対応には、ふたつの力がある。
 
ひとつめは、
 「何か辛い背景があるんだな」
 「その表面上の態度に私は反応しないよ」
 を静かに伝える。
 
ふたつめは、
相手に選ぶチャンスをあげること。
 自分を見つめ直し、反省するか、
 心の理由を話すか、
 そのまま怒り続けるか。
 
人は、意地悪になりたいわけじゃない。
ただ、自分の中の嵐を
どう扱えばいいのか分からない。
 
もしあなたが思いやりを持って接したら、
相手の態度に反応するのでなく、
そっと力を抜いてあげたら、
その場の空気がふっと軽くなることがある。
 
人が抱えている”心の痛み”を
少しでも感じることができたなら、
自分の中にもある”心の痛み”に気付き、
双方の癒しになる。
 
 
私がまだ出来ていないこと…
 
 
 
 

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同意しなくても、わかろうとする

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同意しなくても、わかろうとする...
 

私はコミュニケーション力不足で、
誤解、勘違い、無用な問題、を引き起こしてきた。
 
数多い反省から、学びを続けている中で、
とても大切だと感じた考え方をシェアします。
 
  「同意せずに、妥当性を確認する」
 
という姿勢。
 
これは相手に合わせることでも、我慢することでもない。
敵をつくらず、自分もすり減らさないための、大切なスキル
 
人は、自分の意見を否定されると、
無意識に「攻撃された」と感じて心を閉ざす。
でも、「そう感じたんだね」と気持ちを受け取ってもらえた瞬間、
心の防御は自然と下がる。
 
すると、
意見が違ったままでも、有効な対話が続けられる
論破ではなく、協力へと空気が変わる
 
この姿勢の良いところは、
相手を理解しても、自分を曲げなくていいこと。
 
 「あなたはそう思うんだね」
 「私はこう考えているよ」
 
そうやって、自分と相手の間に
やさしい境界線を引けるようになると、
人間関係での消耗がぐっと減っていく。
 
そしてもうひとつ。
違う価値観を拒絶せず、耳を傾けられると、
自分とは異なる価値観を持った人の視点が、
そのまま自分の世界を広げてくれる
 
 
分断の多い今の時代、
違いを抱えたままつながれる力は、
人生を豊かにする大きな資産です。
 
「同意しなくても、わかろうとする」
その姿勢が、感情的な反応を抑え、
穏やかな強さと、深い信頼を育ててくれます。
 
これを実践するのが、私の2026年の目標のひとつ。
 
 
 
 
 
 

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アメリカは移民の国

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アメリカは移民の国
 
 
子どもの学校で、夜7時から9時までボランティアをしている。

秋のイベントに向けた大道具づくりだ。
仕事を終えたお父さんたちが、有志で集まり、
慣れない工具を手に、試行錯誤で作業を行っている。
 
それぞれ、まったく異なる背景をもつ人たちだ。
 
  ヨーロッパからの移民を祖先にもつ白人の人たち。
  中南米にルーツをもつラテン系の人たち。
  日系人収容所を経験した親族をもつ日系三世、四世。
  留学をきっかけに渡米し、七転八倒の末に市民権を得た私。
 
雑談や冗談が飛び交いながらの、和気あいあいとした共同作業。
9時になると「Thank you! We still have a lot to do!」と声を掛け合う。
みんな笑顔で握手を交わし、手を振って帰路につく。
 
身体は疲れているのに、どこか心が軽い。
私はこの時間と空間が、とても心地よい。
 
 
バックグラウンドが違っても、人が求めるものは同じだと思う。
 
  家族や友人、コミュニティとのつながり。
  違いを超えた、受容と相互尊重の気持ち。
  誰かの役に立ちたい、価値を提供したいという普遍的な願い。
 
 
37年間アメリカに暮らしてきて、今ほど社会の分断を感じる時代はない。
歴代の大統領を含め、数世代遡れば、アメリカ人のほとんどが移民の子孫だ。
 
確かに現行のシステムには改善すべき課題がある。
だが、自らも移民の血を引く人々が、移民を差別し排除しようとする声を上げることに、深い戸惑いを覚える。
 
アメリカは移民の国。

多様な人々の努力と希望の積み重ねが、この国を形づくってきた。
祖先たちが憧れた「偉大な国アメリカ」が、復活することを信じている。
 
 
 
 

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あなたが小学生のとき

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あなたが小学生のとき...
 
 
「小学生の頃に身につけた3つの欲求の満たし方が、人の行動の土台」
という興味深い話を聞いた。
 
 
人の行動には子どもの頃に形成された3つの点が多大に影響するそうだ。
 
1. **子どもの頃、どのように仲間とつながりを持ったか**
例:人に合わせる、リーダーになる、周囲を観察するなど。
 
2. **子どもの頃、何を「ごほうび」と感じたか**
例:周囲からの承認、物やお金、安心感など。
 
3. **子どもの頃、どのように安全を得たか**
例:人に頼る、空気を読む、逃げる、立ち向かうなど。
 
 
小学生の頃に身についたこれらの「習慣」は、大人になっても色濃く残り、
人間関係、欲求の満たし方、トラブルへの対応に大きく影響を与えている。
 
 
 「人に合わせて友達を得た子」は大人になって人に気を遣いすぎ、
  自立心が育たない傾向がある
 
 「周囲からの承認を強く意識した子」は大人になって承認欲求が強く、
  自己評価よりも他からの評価に振り回されがち
 
 「困難から逃げて安全を得た子」は大人になって問題へ向き合わず、
  生きる世界が狭くなる
 
 
私自身の小学生の頃の環境を振り返り、考えさせられた。
自分の脳が様々な状況でどのように反応する習慣があるのか?
 
 原因を理解すれば、「性格」で片付けず、自己改善の糸口が見える。
 また、周囲の人たちの言動を、深い観点から見れるようになる。
 さらに、「習慣」を育んでいる子どもたちへの接し方も変わる。
 
 
まだまだ学ぶことばかり。
 
 
 

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When no one is watching

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When no one is watching
 
 
人の目にどう映るか、
他者が何を思うかに、
私たちは囚われる。
 
真実は——
人はあなたをそれほど気にしていない。
 
When no one is watching
 誰も見ていなくても、
 あなた自身の眼差しは常にそこにある。
 
When no one is watching
 その時こそ、
 あなたの心が
 最も純粋に試されている。
 
YOU are watching. Always.
 
 
 
 
 

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一日坊主チャレンジ

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一日坊主チャレンジ
 
 
毎朝、目が覚めたときに
「やったぁ、新しい一日が始まる!」
とワクワクして起きる人は、そう多くない。
 
仕事や私生活のストレスで、朝からため息。
洗面台の鏡に映る自分の顔がどこか曇っている。
そんな朝が「たまに」ではなく「よくある」…いや、「ほとんど」。
 
人の脳は、自己保存がデフォルト。
苦しみを避け、快楽を求めるようにできている。
 
だからこそ、難しいこと、努力が必要なこと、挑戦…
そうしたものを無意識に避けようとする。
 
キーワードは「無意識」。
ここから抜け出すには「意識すること」が必要だ。
 
怠けたい気持ち、怖れ、消極的な思考。
それらに逆らう一歩を、意識して踏み出す。
 
その方法は、意外とシンプルだった。
小さな習慣を育てること。それだけでいい。
 
たとえば今日一日、

  避けていたことをひとつだけやってみる。
  文句や愚痴を一切言わないでみる。
  背筋を伸ばし、深い呼吸を意識してみる。
 
「今日一日だけ」やってみる。
三日坊主の人でも、一日ならきっとできる。
 
そして、次の日もまた、
「今日だけ」と決めて、別の小さな一歩を踏み出す。
 
一週間後には、鏡に映る自分の顔が少し引き締まって見える。
二週間後には、ちょっと心が軽くなったように感じる。
一か月後には、それが習慣になり、生き方そのものが変わる。
 
「そんなにすぐ? 本当に変わるの?」
 
一日坊主チャレンジ
やってみるか、やらないか。
 
どちらもあなたの人生
それらは、大きく異なる人生
 
 
 

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