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ボンビーでもしあわせのカタチはあります

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気まぐれに更新するブログなので、コメント・友だち・メール機能はオフにしています。無礼をお許しください。

玄関のライトも悩みましたが、やはり「中華」製の安物に落ち着きました。

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このライトにしたんだけど「まっ... このライトにしたんだけど「まっ」、いいか」です。

おしりの、尖がり具合が微妙です。
玄関のライトも悩みましたが、や...

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よい子盛りしていないクローゼットです。画像アップできるのも「匿名ブログ」だからです。

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別にクローゼットはあと2か所あ... 別にクローゼットはあと2か所ありますが、

狭いながらこの2畳のクローゼットを作って正解でした。

参考のためにアップします。

小さな平屋を建てる方におすすめです。

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ロボット掃除機は、意外と少ないです。

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ロボット掃除機は、意外と少ない... ロボット掃除機は、意外と少ない...
うちはほとんど「中古家具」です。
 
奥ちゃんと結婚するとき「婚礼家具」や「鶴の飛んでいる布団」を断りました。
 
ズバリ「現金でお願いします」とお願いしました。

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いつも「後回し癖」が出て困ります。ずっと前「戒め」のために作ったポスターです。

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効果は「限定的」でした。心が弱... 効果は「限定的」でした。心が弱いのです。 いつも「後回し癖」が出て困りま...
取り掛かったら「終わり」のようなもんです。それがなかなかできません。
 
 

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台所の横にある「奥ちゃん事務コーナー」は、超狭いけど物置になっていいです。

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料理本を身近に置けるので便利で... 料理本を身近に置けるので便利です。

私が死んだ後の「もしもノート」も3冊あります。

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掃除機、毎日かけていますか。かけている人30%のようです。

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掃除機、毎日かけていますか。か... 掃除機、毎日かけていますか。か... 掃除機、毎日かけていますか。か...
家はロボット掃除機クンがいないので、毎日半分ずつ掃除機をかけています。
 
①リビング・ダイニング・玄関・台所
 
家が狭いので、コードが全部届きます。
 
②サニタリールーム、寝室、クローゼット
 
主に私が掃除機をかけて、「奥ちゃん」は拭き掃除、玄関外回り、窓ふきなどです。

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日本人が古来から続けてきた、 祈りのかたちなのだと思う。

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日本人が古来から続けてきた、 祈りのかたちなのだと思う。... 日本人が古来から続けてきた、 祈りのかたちなのだと思う。... 日本人が古来から続けてきた、 祈りのかたちなのだと思う。...
祈りとは、神と向き合うというより、
自分の中の“内なる神”と向き合う時間なのかもしれない。
 
ともすれば、世俗と神聖は別物のように見える。
けれど神道は、もともとそれを分け隔てない。
聖も俗も、山も海も、稲穂も祈りも、
すべてをひとつの世界として受けとめてきた。
 
だから――
静けさに身を置く祈りも、
合格を願う祈りも、
どちらも、八百万の神々の前では自然な「生きた祈り」なのだ。
 
そしてその両方を抱えて生きることこそ、
日本人が古来から続けてきた、
祈りのかたちなのだと思う。
 
 
 
 

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祈りは、決して特別なものではない。 願ってよい。 迷ってよい。 時には「どうか助けてください」と神にすがってもよい。

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祈りは、決して特別なものではない。 願ってよい。 迷ってよい...
思えば、祈りにはもともと二つの顔がある。
 
ひとつは、心を清め、静けさに触れる祈り。
もうひとつは、明日を生きるために寄りかかる祈り。
 
天満宮での「合格祈願」も、その一部だ。
それは、“得をしたい”という浅い欲ではなく、
「努力が実をむすびますように」という、
ひとりの人間が自分の道を信じたい気持ちだ。
不安な胸を抱えながら、
たった一歩、明日に進むための祈りだ。
 
祈りは、決して特別なものではない。
願ってよい。
迷ってよい。
時には「どうか助けてください」と神にすがってもよい。
 
ただ、その願いの奥に、
少しでも“まこと”があればいい。
よりよく生きたいという素直な心があれば、
どんな祈りも、静けさの祈りと同じ場所へたどり着く。
 
私はこう思うようになった。
 
「静けさの祈りは心を整え、
願いの祈りは明日へ進む勇気をくれる。
どちらも、神の前に立つ誠のかたち。」

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菅原道真公を祀る天満宮で「どうか合格を」と祈る姿がある。 これはなんとなく世俗的で、功利的に見えてしまう。

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菅原道真公を祀る天満宮で「どうか合格を」と祈る姿がある。 こ...
神道の祈りとは、もしかすると、
“願いを言葉にすること”よりも、
“心の静けさに触れること”に本質があるのではないか。
そう思わせる何かが、あの空気の中には確かにある。
 
しかしふと現実に返れば、
菅原道真公を祀る天満宮で「どうか合格を」と祈る姿がある。
これはなんとなく世俗的で、功利的に見えてしまう。
静かな祈りと、願いの祈り。
この二つは、同じ「祈り」と呼んでよいのだろうか――
そんな疑問が胸の奥でひっかかる。
 
けれど、考えてみると、
古代の人々はとても素直だった。
天に向かって「雨をください」と願い、
海に向かって「船を守ってください」と祈り、
病の床では「この命を助けてください」と神に叫んだ。
願いは、生活そのものだった。
 
同じ人々が、朝の太陽を仰ぎ、
山の稜線の端に神の影を感じ、
川の音に心を澄ませた。
そこには理屈も教義もない。
ただ、生きることと祈ることが、自然にひとつの流れになっているだけだ。
 
思えば、祈りにはもともと二つの顔がある。
 
 

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気持ちがすっと整う一文■「静けさの祈り」は心を整え、「 願いの祈り」は明日へ進む勇気をくれる。

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気持ちがすっと整う一文■「静けさの祈り」は心を整え、「 願い...
「静けさの祈りは心を整え、
願いの祈りは明日へ進む勇気をくれる。
どちらも、神の前に立つ誠のかたち。」
 
 
 
祈りのかたち――静けさと願いのあいだで
 
神社の拝殿の前に立ち、そっと手を合わせるとき、
ふしぎと呼吸が深くなる。
あの一瞬の静まりは、まるで心の底に沈んでいた澱がすうっと引いていくようだ。
 
神道の祈りとは、もしかすると、
“願いを言葉にすること”よりも、
“心の静けさに触れること”に本質があるのではないか。
そう思わせる何かが、あの空気の中には確かにある。

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