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「国史略」 音博士岩垣先生編次 序:文政9年 /1~3冊 木版

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「国史略」 音博士岩垣先生編次 序:文政9年 /1~3冊 木... 「国史略」 音博士岩垣先生編次 序:文政9年 /1~3冊 木...
発行された文政9年は、町人を中心にした「化政文化」が江戸を中心に栄え国学や蘭学が大成しました 。
 
埃とカビにまみれた書籍を整理し、見直すきっかけを作っていただいたことに感謝します。
 
記事の中にある「合気道と柔術」をクリックして動画を見てください。
 
な、なんと251万件のアクセスがあり、びっくり。
 
これを機会に「古武道」を調べてみたら、なんと奥の深いことか。
 
日本史は試験前に丸暗記、
 
試験終了後1週間で「忘却の彼方」へ置いてきた
 
私にとって、今回の機会は新しい発見につながりました。
 
 

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154年前の巻物 「筌蹄(せんてい)」(目的が達成されると不要になるもの。物事をするための手引き・案内)

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154年前の巻物 「筌蹄(せん...
荘子に出てくるこの意味は
 
「道具は目的を達成すればもう不要なもの。
 
言葉もそれと同じで、その意味が理解できれば忘れてしまってよいものだ(何時までも言葉そのものに捉われない)。
 
言葉を忘れることができるような人物と出会って、
 
物事の真実について話し合いたいものだ」
 
といったところでしょうか。(雑学曼陀羅 さんより引用)

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■曾祖父は「新政府軍」に加わり、生きて帰りました。それで私が存在しているわけです。

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■曾祖父は「新政府軍」に加わり...
■進研ゼミサイトより
 
戊辰戦争が起こった原因は,大政奉還(たいせいほうかん)の後に権力を奪われた旧幕府軍の,新政府に対する反発です。
 
幕府側は,朝廷を中心とする新政権に徳川家も参加することを前提として大政奉還を行いました。
 
しかし大政奉還の後,新政府は王政復古(おうせいふっこ)の大号令を発し,天皇中心の政治に戻すことを宣言しました。
 
そして旧幕府(徳川家)の影響力を排除しようとして,徳川慶喜(とくがわよしのぶ)に対して役職を辞任することを命じ,領地も返上するよう求めました。
 
これに対して強く反発した旧幕府軍が京都近くの鳥羽・伏見で新政府軍と武力衝突して,戊辰戦争が始まりました。
 
新政府軍は鳥羽・伏見の戦いに勝利し,続いて江戸に攻め進みました。
 
そして江戸を占領し,さらに東北地方へと攻め進み,最後は北海道の函館(はこだて)での戦いに勝利して,旧幕府軍を降伏させました。
 
 

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明治維新を疾走した曾祖父(名前は消してあります)

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明治維新を疾走した曾祖父(名前... 明治維新を疾走した曾祖父(名前... 明治維新を疾走した曾祖父(名前...
【白虎隊】
  会津藩では、西軍を迎え撃つために新たに軍の再編成を行った。
年齢別に次の四隊に大別された。
 
・白虎 15歳から17歳
・朱雀 18歳から35歳
・青龍 36歳から49歳
・玄武 50歳以上
さらに、身分によって士中組、寄合組、足軽組に分かれる。

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150年前の「扱心流体術伝書」(直接関係はないようですが参考動画)

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150年前の「扱心流体術伝書」...
 
 
 
 
 
 
「扱心流体術伝書」が保存されていた。

 明治時代に警視庁で制定された警視流柔術に、扱心流からは捨身技のひとつである「陽ノ離レ」が採用された。
 
(出典:ウィキペディア)
 
捨身技は柔道や合気道の形のようですが、動画で見てみると迫力があります。
 
 

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150年前「扱心流体術伝書」 ~家伝の組討術を引き継ぎ京都で「扱心流」を確立

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150年前「扱心流体術伝書」 ~家伝の組討術を引き継ぎ京都で... 「伝書」の最後には、江口家の名... 「伝書」の最後には、江口家の名前があり、そこから伝わったものと思われる。

宝暦3年(1753年)、江口永保が久留米藩に召し抱えられたことにより、九州の諸藩に広まった。
150年前「扱心流体術伝書」 ~家伝の組討術を引き継ぎ京都で...

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「武器と防具 幕末編」(著者: 幕末軍事史研究会)より

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「武器と防具 幕末編」(著者: 幕末軍事史研究会)より... 「武器と防具 幕末編」(著者: 幕末軍事史研究会)より...
実戦というよりは、射撃技術の修練という形で200家以上の「砲術流派」が生まれたらしく、この巻物もその一つでしょう。
 
引用・参考「武器と防具 幕末編」(著者: 幕末軍事史研究会)
 
 江戸時代中期から、長崎の高島秋帆が雷管式の「洋式歩兵銃」を導入しました。
 
フランス、オランダ、ベルギー、イギリス、アメリカ、オーストリアなどから、各国の技術を生かした新型の銃が輸入され、武器の近代化ともなって火縄銃は「砲術流派」によって継承されることとなりました。

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小筒をあやつる「免許皆伝」かな。実戦というよりは、射撃技術の修練。

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小筒をあやつる「免許皆伝」かな... 小筒をあやつる「免許皆伝」かな...
鉄砲は口径によって小筒・中筒・大筒・短筒・脇差鉄砲等があり、幕末まで制作していました。
 
現存する火縄銃の大半は江戸時代中期から後期のものです。
 
江戸幕府の成立とともに、火縄銃の改良や進歩がないまま、幕末まで製造されてきました。
 
実戦というよりは、射撃技術の修練という形で200家以上の「砲術流派」が生まれたらしく、この巻物もその一つでしょう。
 
引用・参考「武器と防具 幕末編」(著者: 幕末軍事史研究会)

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日露戦争紀念 資料「宣戦の詔勅」 明治天皇/東郷平八郎他93名の肖像写真 明治37年

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誰かが「翻訳」してくれています... 誰かが「翻訳」してくれています。長い文章なので興味のある方は、読んでみてください。

意外な発見があるかもしれません。

日露戦争に関する知識をやさしくまとめていたので、私には参考になりました。
日露戦争紀念 資料「宣戦の詔勅...
(解釈)
 天の助けによって先祖代々皇位を継承してきた家系に属する大日本国の皇帝は、忠実にして勇敢な汝ら国民に以下のことを知らせる。朕はこの文書で、ロシアに対する戦争を行うことを布告する。
 
朕の陸軍と海軍は、ぜひとも全力をつくしてロシアと戦ってほしい。
 
また朕のすべての部下らは、それぞれの職務や権限に応じて国家の目的が達成されるように努力してほしい。
 
国際的な条約や規範の範囲で、あらゆる手段をつくして誤ちのないように心がけよ。
 
朕の考えは、文明を平和的なやりかたで発展させ、諸外国との友好関係を促進することによって、アジアの安定を永遠に維持し、また、各国の権利や利益を損なわないようにしながら、末永く日本帝国の将来の安全が保障されるような状況を確立することにある。
 
これは朕が他国と交渉する際に最も重視していることがらで、常にこうした考えに違反しないよう心がけてきた。
 
朕の部下らも、こうした朕の意思に従ってさまざまな事柄を処理してきたので、外国との関係は年がたつにつれてますます厚い親交を結ぶに至っている。

 今、不幸なことにロシアと戦う事になったが、これは決して朕の意志ではない。
 
日本帝国が韓国の保全を重視してきたのは、昨日今日の話ではない。
 
我が国と韓国は何世代にもわたって関わりをもっていたというだけでなく、韓国の存亡は日本帝国の安全保障に直接関係するからでもある。
 
ところが、ロシアは、清国と締結した条約や諸外国に対して何度も行ってきた宣言に反して、今だに満州を占拠しており、満州におけるロシアの権力を着実に強化し、最終的にはこの土地を領有しようとしている。
 
仮に満州がロシア領になってしまえば、我が国が韓国の保全を支援したとしても意味がなくなるばかりか、東アジアにおける平和はそもそも期待できなくなってしまう。

 従って、朕はこうした事態に際して、何とか妥協しながら時勢のなりゆきを解決し、平和を末永く維持したいとの決意から、部下をおくってロシアと協議させ、半年の間くりかえし交渉を重ねてきた。
 
ところが、ロシアの交渉の態度には譲り合いの精神はまったくなかった。
 
ただいたずらに時間を空費して問題の解決を先延ばしにし、表で平和を唱えながら、陰では陸海の軍備を増強して、我が国を屈服させようとした。
 
そもそもロシアには、始めから平和を愛する誠意が少しもみられない。
 
ロシアはこの時点になっても日本帝国の提案に応じず、韓国の安全は今まさに危険にさらされ、日本帝国の国益は脅かされようとしている。
 
事態は、既にここまで悪化しているのである。
 
日本帝国は平和的な交渉によって将来の安全保障を得ようしたが、今となっては軍事によってこれを確保するしかない。
 
朕は、汝ら国民が忠実にして勇敢であることを頼みとして、速やかに永久的な平和を回復し、日本帝国の栄光を確たるものとすることを期待する。

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Heaven helps those who help themselves.■明治4年「西国立志編」原名「自叙伝」

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中村正直訳。149年過ぎている... 中村正直訳。149年過ぎているので、表紙がぼろぼろです。 Heaven helps th...
日本では明治4年、『西国立志編』として中村正直により翻訳刊行された。
 
「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を思想的根幹とした、欧米史上有名な300余人の成功立志談である。
 
この自助精神は、近代国家と資本主義の形成期にあって、新しい日本と自分の前途に不安を抱いていた多くの青少年に希望の光明を与えた。
 
福沢諭吉の『学問のすゝめ』と共に、明治の2大啓蒙書。(『ウィキペディア』一部抜粋 )

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