初冬の朝、窓からの光が部屋をゆっくり起こしていきます。 その明るさに包まれると、自分の中のざわつきがすっと落ち着いていきます。 「何かいいことがありそうだ」と思えるのは、何も特別な理由があるからではありません。 ただ、光がきれいだというだけで、人はもう一度やり直せるのだと思います。 そんなささやかな朝の力を、これからも信じていきたいです。
斜めに差す朝の陽射しが、床に細長い影をつくります。 その影を見ていると、自分が歩いてきた長い道のりを思い出します。 若いころは、影など気にとめることもなく、ただ先へ先へと急いでいました。 今は、影の形が変わっていくのを見つめる時間が、どこか愛おしく感じます。 生きてきた証は、大きな出来事ではなく、こうした静かな瞬間に宿るのだと、ようやく気づきました。
冬の入り口の朝、思いがけず明るい光が広がっていました。 まるで、誰かが「もう大丈夫ですよ」と声をかけてくれたような、そんな安心感です。 年を重ねると、不安は姿を変えて静かに居座りますが、同じように希望もまた、こんなふうに静かにそばに寄ってきます。 その予感に身を任せると、少し肩の力が抜けます。 今日の自分は、今日の光に任せればいい。そんな気持ちで、ゆっくり一日を始めます。
カーテン越しの陽射しが、今日はひときわ柔らかく感じます。 初冬の光は、夏のように強すぎず、秋のように寂しすぎず、ちょうどよい距離感で寄り添ってくれます。 床に映った影を眺めながら、こんなふうに歳を重ねられたらいいな、とふと思います。 控えめだけれど、確かにそこにいる。誰にも迷惑をかけず、でも消えてしまうほど弱くもない。 朝の光は、そんな生き方をそっと肯定してくれているように見えます。
初冬の朝は、少しだけ静けさが深いように感じます。 窓辺からこぼれる陽が、思ったよりも明るくて、ほっと息をつきます。 斜めに差し込むその光の中に、自分の影がゆっくり動くのを見ると、「今日も悪くない」と心が応えるようです。 幸せは、こんな小さな光の気配の中にあるのだと、年を重ねるほど思います。 派手ではなくても、静かに自分を励ます力が、朝の光にはあるのだと思います。
税収過去最高——国は満腹、家計は空腹のまま 3年連続で税収が過去最高を更新した。 政府は誇らしげに数字を掲げ、 財務官僚の顔にも笑みが浮かぶ。 だが、その数字の陰で、 家計の財布は軽くなる一方だ。 物価に追いつかぬ賃金、 値上げ続く食料や光熱費。 「最高」という言葉が、 暮らしの実感から遠く離れている。
■ 税が増えるのは景気が良いからではない 税収増の理由を尋ねると、 「企業業績の回復」「賃上げの効果」などと並ぶが、 実際のところは物価上昇によるものだ。 パンが高くなれば消費税が増え、 給料が上がれば所得税が増える。 企業が値上げをすれば法人税が増える。 つまり、国民の苦しみを糧に税収が膨らんだ。 それを「健全化」と呼ぶのは、 どこか居心地の悪い皮肉である。
それでもなお、政府は増税を語る。 防衛費、少子化対策、社会保障のために――と。 もっともらしい理由を並べながら、 新たな負担が静かに準備されていく。 思えば、こうして「やむを得ない」という言葉で、 どれだけの増税が正当化されてきただろう。 そのたびに、庶民の暮らしの“余白”は削られていった。