事件の経過 清盛が熊野詣で京都を離れている隙をつき、源義朝・藤原信頼がクーデターを起こします。 後白河上皇を幽閉し、政権を掌握したかに見えました。 しかし清盛はすぐに京都へ戻り、巧みな策略と軍事力で反撃。 最終的に源義朝は敗走・処刑され、藤原信頼も殺されます。
これまでわたしの歴史学習は、年号と出来事を正しく並べるためのものでした。 試験のために覚え、やがて忘れていく知識。 そこに人の息づかいや、時間の匂いを感じる余地は、正直あまりなかったように思います。 けれど、この宋銭を前にすると、歴史は突然、体温を持ち始めました。 この銭は、かつて誰かの暮らしの中にあり、 市で品物を買い、港で荷を動かし、もしかすると平清盛の時代、 日宋貿易で賑わう博多の波音を聞いていたのかもしれません。
平清盛はこの戦いに勝利し、平氏が政権の中心となりました。 以後、清盛は 太政大臣に就任 一族を貴族社会の頂点に配置 し、「武士による政治」を現実のものにします。 ■日宋貿易で大きな利益をあげました。そのとき輸入されたのか、うえの写真にある貨幣です。
平清盛が日宋貿易を推し進め、博多の港に異国の文物が行き交っていた時代―― その喧騒のどこかで、この一枚もまた、音を立てて取引されたのかもしれません。 銅の表面に残る摩耗は、単なる傷ではなく、数え切れない暮らしの痕跡です。 米や布、塩や酒と引き換えに人の手から手へ渡り、時代が変わっても役目を終え、やがて日本のどこかの家の蔵に静かに眠る。
歴史は書物の中だけにあるのではなく、 ときに蔵の片隅から、掌の上にそっと姿を現します。 この小さな宋銭は、過去と現在を結ぶ確かな重さを持ち、 「あなたもまた、長い時間の流れの一部なのだ」と、静かに語りかけてくるようです。
軽く埃を払うと、そこに刻まれているのは「咸平元宝」の四文字。 千年以上前、北宋の真宗の時代に鋳造された宋銭だと知った瞬間、 時間の感覚がふっと揺らぎました。 この銭は、遠い大陸の都で生まれ、商人の懐を渡り、海を越え、 幾人もの手を経てきたはずです。 平清盛が日宋貿易を推し進め、博多の港に異国の文物が行き交っていた時代――
や! こんなにすごい人だったんだね。 著者について 1903年~1981年。歴史学者。 専門は対外関係史。東京帝国大学文学部国史学科卒業。 史料編纂官をつとめた後、満洲建国大学教授、 九州帝国大学法文学部教授、 横浜市立大学文理学部教授、 東京都立大学人文学部教授を歴任し、中央大学文学部教授。