〜3人の我が子にありがとう〜 不育症の検査も終わり、治療方針も決まった。 そして、3人目の赤ちゃんが 私のお腹の中にやって来てくれた。 妊娠が判明し即入院。 フラグミンの24時間点滴が始まった。 週2回ある内診の日は、いつも緊張と不安で一杯だった。 内診台にあがり、 エコー画面を見る先生の表情をちらりと伺う。 「 なんだかいつもと様子が違う? 」 「 難しそうな顔をしている? 」 妄想が広がって、 「 今回は残念だったね。 」 そんなフレーズが頭を過ぎる。 私の不安を察するかのように、 先生は、画面をみて第一声、 「 赤ちゃん元気だよ。 」 と言ってくれた。 よかったー。 安心して小さな手足を動かす赤ちゃんを見ることが出来た。 入院中は、他の不育症患者の方とも親しくなれた。 不安な気持ちを言い合うだけで、 自分だけじゃないんだと気持ちも楽になった。 妊娠後期になり、お腹が頻繁に張るようになった。 切迫早産で、再び入院となった。 2人目の子をウテメリン内服して2日目で死産した為、 ウテメリンに対してとても恐怖心を抱いていた。 点滴が刺され、 お腹に機械をつけて張りと赤ちゃんの心拍数を計っていく。 ふと、心拍が途切れた。 サーッと血の気がひいて、 急いでナースコールを押す。 「 赤ちゃんが動いて、機械から外れてしまったんだよ。 」 そう聞いて、ホッとした。 ウテメリンが直接死産につながった訳ではないと、 先生に説明してもらったが、 それでも不安は消えなかった。 朝夕のドップラーも、私には恐怖だった。 お腹の上で何度も位置を変えながら、 心音を探していたあの時の様子が、 トラウマになって思い出される。 毎朝、胎動を確かめる。 うん、動いてる大丈夫。 次の朝、今日も元気だ、 よかった。 絶対無事に生まれてくる。 そんな未来が分かっていたら、 もっと楽しく お腹の赤ちゃんと毎日を過ごすことができるのに、 お母さんは いつも、いつも、心配ばかりしていてごめんね。 私の中に赤ちゃんを入れておくことが、 赤ちゃんの命取りになるような気がして、 切迫早産で入院しておきながら、 1日でも早くお腹から出てきて欲しいと願っていた。 私は、赤ちゃんのことを第一に優先して 元気なうちに取り出してほしいと、帝王切開を希望した。 先生と話し合って、ウテメリンをはずして、 38週0日までに自然に陣痛がつかなければ、 帝王切開をすることになった。 今までは、 陣痛促進剤を使っての分娩しかしたことがなかったので、 自分の体の力でおこる陣痛はどんなものなのだろうかと、 興味もあった。 「 オギャー。 」 なんて産声を聞いたら、感動するんだろうな。
投稿日 2009-03-05 20:44
ワオ!と言っているユーザー