一を聞いて 十を知る (ラッコ横山)
2月
27日
しかし、その反面、失われつつあるもの、弊害になってきていることも現実にはあるようです。最も大きな影響は人と人とのコミュニケーションではないでしょうか。「KY」に形容されるように相手の気持ちが理解できない、自己中心的な個人の集まりがそれぞれ集団を形成しているようです。それは子ども達だけにとどまらず、大人の中にも増えているようです。学校や会社さらには日々広がる身近なコミュニティも限りがありません。
子どもの勉強で言うと、「国語」を中心とした文章の読み取りに影響が出ています。作者の考えが理解できない、登場人物の心情把握ができないなど。論説文・説明文を嫌う子も増えています。中でも間接的な表現に弱くなっています。
今や大学にも「コミュニケーション学科」なるものが存在するほどです。人間社会における基本原則でありながら、その術を知らない人々の割合が急増しているようです。きっと自分自身もそうなのかも知れませんが、その尺度を測ることも難しいのではないでしょうか。だからこそ、何かで評価あるいは数値化することも今の時代を反映しています。見えないものをどんどん見えるようにしているのが近年の傾向のようです。しかし、このコミュニケーションはマニュアル通り、あるいは事例に従ってと言ってもそれが全てに当てはまるとは限りません。
そうならないためにも、できるだけ小さなうちから子どもと同士の関わりを多く持ち、さらに多くの大人との接点を持たせながら、家あるいは家族間では限界がある体験を積ませてほしいと思います。子ども達にこのような場数をどれだけ踏ませられるかが現代の課題のように思います。限られた空間や人間関係に押し込めず、どんどん可能性を広げていきましょう。
ラッコ横山