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自分が何者かも分からず「放浪」していたころ。中村書店の思い出・・・

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「中村書店」で買った思い出の本... 「中村書店」で買った思い出の本。 自分が何者かも分からず「放浪」... ■上記の立原道造は、借り物の写...
■上記の立原道造は、借り物の写真です。じーんときたのでアップしました。

自分の子どもに「道造」とつけようとしましたが、思いとどまりました。
中村書店をつくった中村三千夫さんは70年代初めにはすでに亡くなっていました。
 
棚は残っていた筈で、良子夫人が、こどもを育てつつ店を守っていた。中村三千夫さんが亡くなったのは、一九六八年八月十七日。
 
夏のまっさかり、恵比寿にあった古書市場で、市のたっているただ中であった。
 
中村さんが、すすめていた共同目録「雲の会」第一号の原稿を持って、市にやってきた、その日、その場所。
 
―山帖を書いていた私の後ろの椅子に座って居た時、突如鼾をかき昏睡。其後意識を回復しなかった。―
 
亨年四十六歳。
 
中村三千夫。大正十一年七月十一日生まれ。西暦ならば一九二二年。生まれたのは神奈川県横浜の新羽というところ。
 
実家は素封家というべきなのだろうか、その地域の地主であり、《うわだいの中村》と呼ばれていたそうだ。《うわだいの中村の次男坊》が渋谷の中村といわれるようになるのはずっとあとの話。

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