ひところ「もしもノート」が流行りましたが、今はどうなんでしょうか。もしもの時、残された家族が困らないように情報を残しておくことが必要なのは確かですね。70代で二人に一人が、「エンディング・ノート」を作っているとか。これまでの人生を振り返り、自分の考えや家族への想いを残していくのは大切かもしれません。
今回は、これに関連して、「老前整理」の揺れ動く気持ちについて書きたいと思います。
1.「断捨離」に挑むけれど・・・・
物があふれ始めたころに育った私は、レコードのコレクション、本やヴィンテージもののコレクションなど、ものを集めることに大きな喜びを持っていました。
「物は記憶装置」といわれるように、思い出が詰まっていますし、古いカメラでも時の流れに沿って「物語」が宿っています。
お二人の生活スタイル、仕事スタイルは、どちらが好きかというこということですが、物を持つこと自体が「不幸」とはいえませんよね。
「断捨離」した人は、どちらが好きかということでしょう。
捨てたら「スッキリ」した、ということは、気に入らないものに囲まれて過ごしていたということ。
ふん、ふん。
それが気に入っているのなら「どっさり」あっても大丈夫なんだね。
スッキリした「空間」は手に入らないけど
気に入っているものまで、捨てる必要はないというわけか。
確かに「持たない暮らし」は心が解放されるという説も一理ありますね。
う~ん、ものがない「ステキ空間」と、ものがある「ステキ空間」
どっちを、選びたいかですかね。
私はまだものに執着しています。持っておくだけで価値はあるのか。あるかもしれない。ないのかもしれない。