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現代詩の小箱 北野丘ワールド

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熊笹の女

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よいしょこらしょ
ほっほっほっときて
ピィィィィィィィィィィ
人には熊もあいたくないの
ときた七曲り
つとひらいた扇には
群来なつかしのォ 銀の海
ときたもんだ

ピィィィィィィィィィィィィィィィィ

なんで吹くのか忘れるほどに心地よさが浸るころ
がさがさっと
しげみが揺れる
喉ひっとしてかたまると
ゆるい女の歌声がするという

駆け降りる者の後ろに立っている
熊の縄張りで
しび しび 歌っているという

たつたつと魚の血が落ちているらしいとも
頭にはつむじがみっつ うねる漆黒
髪の毛ながくてながくてながくて
はあ
笹にからまって でてこれないのさ
そこはニヤッと笑って言うことになっている
       *                           

女が熊の縄張り にですか
採れたもの 交換してたって話だな
あのあたりは昔
畑があったらしいんだな
畑を守ってるんじゃあないですか
はあ 笹だらけの波だらけ
ざわざわっとくれば
凍(しば)れる景色というもんだ
   
やっと
   きたの

しびしび
と歌うしびはマグロのことですか
ここまで回遊してたって話は
定かでないのさ
とれた話は聞かないし
土地ではね鮭だともいうな

   手籠に熊笹を敷き
   やわらかい腹の 頭のない魚(うお)をいれ

したけども
このうんと先に鮪の岬ってあるのさ
岩が柱になってでさ もりもり盛り上がってでね
こんもり桜の林でさ 夏はおめぇ、エゾユリ咲いてね
海にほそ長くてさ 海みどり色に深くてさ
なんの魚だかなんでも 魚の形してるってんで
しび なんだよ
しび なんですか

   岬に
   女は現れた

なんでも その岬の主は大蛸で
怒って暴れて 海は大時化
船かっぱがえって 漁師が死ぬ
鰊はとれない 蛸の祟りだって困り果ててね

   遠いところ
   いってた
   ここから一番遠いところ いかなくちゃと

したけどある時
岬の主が江差の鴎島に嫁にいって
それから海は凪いだっていうことだ
鴎に蛸ですか
はあ 鴎の啼く音に
ふと目をさまし
あれが 蝦夷地の山かいな
ときたもんだ

       *                           

遠いところ いってた
いかなくちゃと 思って
女がいうと
斜面に眠る シベリヤ帰りの男は
顔に 季節はずれの花を配したまま

   北の北の北の
   夏は短い

うっとりと謡いながら 半身を起こし
舟形に瞑った ふた筋をひらくと
細紐が首からするりとほどけ 鎌首をもちあげる
女はひんやりとする 胴の鱗をつかみ
ちろちろと赤い舌を飾りに
おかっぱの黒髪を結った

   ドスビダーニャ ドスビダーニャ
   安心の家郷

半身の男を女は抱き
潮見の丘へ階をのぼる
なにかの用に打たれた
円形のコンクリートに額づき
半身の男を横たえ
頭のない魚を添えた
海鳥のふん白く
コンクリートはあったまっていた

       *

夏の凪の日の日没には
岬の展望台から狼煙(のろし)のような煙が立ち
沖にでた漁師には見えるけれど
陸からは見えないのだという

熊笹の女
しび しび と歌い
ときおり コリコリと齧る音をたてる
鮭の骨だろう
いや人の骨だという話である



*しびの岬の伝説…北海道乙部町に伝わる実際の伝説。しびはマグロの古名。しびの岬の主は大蛸で海が時化ると蛸の祟りと恐れられていた。しかし、あるとき江差の鴎島に嫁に行って海は凪いだという。
*鴎の鳴く音に ふと目をさまし あれが蝦夷地の山かいな…民謡江差追分の一節。
#黒筒の熊五郎

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