〜私たち夫婦には生まれてこられなかった 5人のあかちゃんがお空にいる〜 自宅へ帰ってからも、とにかく無気力で泣いてばかりいた。 今のこの状況、辛い日々から抜け出すには、 とにかく次の妊娠しかない。 私の頭の中は、赤ちゃんの事しかなく、 とにかく一直線になってしまっていた。 そして、4人目の赤ちゃんがやって来た。 今度は不育の人が集まる部屋は嫌だった。 どうしても経過を比べてしまう。 成長の1ミリの大小でも不安になり、 尿の数値の多少も気になる。 つわりの有無も不安材料の1つ。 幸い今回は、他に不育症の人がいない部屋だったので、 落ちついていられたと思う。 Dr青木のコメント: ( 前回と同じ身体的治療以外に、 追加治療として、 できるだけ、精神的安静が得られるように、 薬物療法以外はすべて行いました。 しかし、 超音波検査で胎のうの発育さえ見られず、 「稽留流産」の可能性が高い ことをお話しました。 ) まさか!?なんで!?台の上で足が震え、涙がこぼれた。 時が止まった、 冷たい時間が流れる。 「これから大きくなるかもしれないよ。」 先生が、ポツリと言ったけど、わかっている。 気休めだって事くらい。 それから、最悪の精神状態。 トイレの個室にこもり、声を殺して泣きたいだけ泣く。 目がポンポンになった。 でもまだ、最後通告をされた訳じゃない!と、 自分を励まし、部屋へ戻った。 布団を頭からガバッとかぶった。 考えない、考えない。 成るようにしかならないんだから。 そう言い聞かせる。 私の前のベッドの人が3人目の出産間近の妊婦さんで、 赤ちゃんの心音を聞いているらしく、ドクドクと音が聞こえる。 すごく羨ましい。 お見舞いに来ているご主人と子供達と楽しそうに話をしていた。 なんて惨めなんだろう。 涙と鼻水が出てきた。 泣くな、泣くな。でも、もう駄目。 声を殺しても、漏れてしまう。 ついに、部屋中に響きわたる声で泣いてしまった。 かっこ悪い。 皆、びっくりして心配してくれる。 看護師さんが来てくれて背中をずっと擦ってくれた。 私の心が落ち着くまで、ずっと。 優しくしてもらって、また涙が出た。 足浴もしてもらって何とか落ち着いた。 でも、夜になると、悪い方へ悪い方へ思考がいき、 眠れなくなる。 真夜中の病院をフラフラさまよったり、 主人に電話して泣いたりしていた。 限りなく低い可能性を信じることって難しい。 強くならなきゃ! 次の日、恐れていた出血が始まり、塊も出てしまう。 99%流産だと宣告された。 100%と言わない所が先生の思いやりなんだろうか? でも、なぜだろう。 正直、ホッとした。 心が疲れていた。 これで少し楽になれる。 早く手術を終わらせて、ゆっくり眠りたい。 春が来るまで熊みたいに冬眠したい。 手術の麻酔が効いてくる。 直前は、このまま私も赤ちゃんと一緒に死んでしまいたい。 もう目覚めなければいいのに・・・、 そんなことばかり考えていた。 今回は、染色体の検査をお願いしたかったけど、 出血が多すぎたので、できなかった。 私は、妊娠前は正常なプロラクチンの数値が、 妊娠後の極端に上がってしまう体質らしく、 次は、そこをしっかり治療しようと言われ、 まだ可能性はあるのだとホッとした。 この頃から、少しづつ、 赤ちゃんをあきらめる、 子供のいない人生とはどんなものなのかと考えたりした。 おいしい物を食べて、沢山旅行をして、 自分の為だけにたっぷりと時間を使う。 そんな人生も豊かだと思えた。 けど、そう思えた次の日には、 赤ちゃんが欲しくて、欲しくて気が狂いそうになる。 有り余る私の母性が、行き場を失ってしまう。 赤ちゃんの匂い、 仕草すべてがいとおしい。 自分と主人の子供は、一体どんな顔なの? 会いたい、 抱いてみたい。 生理があるうちは、絶対にあきらめきれない。 信じて祈って待とう。