韓国旅行「板門店」 その2 <2/2>
4月
26日
今日は、過去ブログ 『韓国旅行「板門店」 その1 <1/2>』 のつづき。
当時の写真を探したんだけれど、ない、ない、ない (-_-)。
すべての保存媒体をチェックしたんだけれど、ない (T_T)。
4年前に廃棄したパソコンに保存しただけだったのかな?!
教訓、バックアップはパソコン以外にも!
かろうじて見つかった写真4枚のうち、2枚をアップして、さて、番門店ツアーの話の続きを。
脱北者の方の話には、それは映画かドラマの話?!という興味深い話もあるんだけど、それはね、話せないの。
理由は、その脱北者の方たちの家族が、まだ北朝鮮に残っているから。
脱北者の情報が北朝鮮に知られると、身の危険があるから、質問内容は他言無用という約束なんだ。
だから、害が及ばない範囲では、北と南の違いに食べ物の味の違いが、意外に大きいということ。
話せるのは、これぐらいなの。
あとは、印象に残ってることに、脱北者の方が北朝鮮に残してきた家族の話をする時は、必ず涙を浮かべていたこと。
通訳さん曰く、「いつも〇〇さん ( 脱北者の苗字 )、家族の話をするときは涙を浮かべて・・・」と。
残してきた家族のことを思うと、切なくて悲しんだね、きっと、、、
板門店ツアーで1番興味深かった話は、戦後の兵士の方の帰還先の " 選択 " の話。
朝鮮戦争が1953年に休戦となり、兵士の方々は、自分の家族がいる北か南を希望して、帰還した方が多かったそう。
でも、帰還先を、北でも南でもなく、インドネシアに帰還した方がいたんだって!
当時、インドネシアが南北の兵隊さんの受け入れをしたため、希望者はインドネシアへの移住も可能だったみたいなんだけれど、なぜ???と、とっても興味深かったの。
・南にも北にも、家族はいなかったの?
・祖国にどうして戻りたいと思わなかったの?
とか、そのインドネシアに移住した方にインタビューをしたい!
ホント、なぜなんだろうね???
もう揉め事がイヤで、心機一転、新天地で新たな人生を送りたかったのかな???
人それぞれの " 選択 " 、十人十色だね、、、
人それぞれの " 選択 " 、、、
話は別の映画の話となるけど、人生の " 選択 " というのを考えさせられた映画、
「海の上のピアニスト」 予告編 1999年上映 (動画3分29秒)
" Infinity " という " 無限 " の選択肢の前に立つと、人ってこうなるものなのかも?!と思った映画だったな。
東京は昨日4月25日から3度目の緊急事態宣言。
コロナ禍で自由に行動できないお休み、無限の選択肢の前に立つ心境を、「海の上のピアニスト」で疑似体験してみるのもいいかも?!