走馬燈 (カーネル笠井)
5月
9日
深夜になってしまった仕事帰りに、最寄駅からは自転車に乗って帰ったときのことです。交通量の少なくなった車道を自転車で横断しました。反対側の歩道は10cmほどの段差があって高くなっていました。いつもは、それくらいの段差は走りながら前輪を持ち上げて簡単に乗り越えていたのです。この日もそのつもりで歩道に向かって進んでいました。しかしこの日は、段差に向かって少しななめに進んでいたことと、ジャンプするタイミングが少しズレてしまったことで、前輪が段差に引っかかってしまい、ハンドルが大きく曲げられてしまったのです。当然自転車はそこにたおれ、乗っていた私は歩道の上にいきおい良く放り出されてしまいました。そのときです。
『かなりのスピードがあるな。このまま体が転がらないように手で支えると、手にかなりの負担がかかり、すりきず程度じゃすまないかも知れない。だったらむしろ柔道の受身のように左肩から入って一回転した方が安全だ。多少スーツはよごれるけれど仕方がない。』
といった内容のことを一瞬に頭の中で考えていたのです。内容はもっと断片的だったのかも知れませんが、後でもこれだけの内容があったことをはっきりと覚えていたのです。そして結果はそのときの予想通りにうまく一回転して止まったのです。たいしたすりきずもなく、スーツもそれほどよごれなかったのです。
すぐにどこからともなく一台のタクシーがやってきて止まりました。
運転手「お父さん、大丈夫ですか。何か手伝いましょうか。」
私「すみません。たぶん大丈夫です。」
運転手「あぶないですよ、気をつけてくださいね。それでは。」
と言って走り去っていきました。実はこのときの私は、転んだことよりも「お父さん」と呼ばれたことの方にショックを感じていたのです。自分ではまだまだ若いと思っていたのですが、回りから見ればしっかり「お父さん」といった感じなのでしょう。それに加え、やはり体力のおとろえも感じ、その後あまり無茶をしなくなるきっかけにもなる事件でした。
長く生きていると本当にいろいろな経験をするものです。
カーネル笠井