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50歳からの起業 ー シアトルから福岡へ

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  • ハッシュタグ「#コラム」の検索結果44件

ダライラマ

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週末に公園の木陰で読みました。
ダライラマに関した本を読むのは初めてでしたが、人柄だけでなく、考えもよくわかるお勧めしたい一冊です。

執着心・・・日本の禅では持つべきではないと普通言います。しかし、ダライラマは持つべき執着と捨てるべき執着の両方があると・・・

向上心のあるこだわり・・執着は持つべき。

仏教はとても実践的な人生哲学だと思います。しかし、ダライラマは精神的な部分だけに偏らず、科学の部分の大切さも言及していました。

ここで感じたのが、ナイトサイエンス・・・また触れてみたいt思います。
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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ウンコとお金

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ちょっと過激なタイトルでしょうか(笑)

「お金とは基本的に汚れているものだ。人から人へとわたる中で汚れていき、その汚れが人を汚す。・・・(中略)そう考えると、お金はウンコと同じようなものである。・・・金にやたら群がる人は、さしずめウンコにたかる蝿・・・」

でもウンコは大切。ウンコをしないと病気になります。でもそれにたかる蝿にはならない。

その大切な排出物は、掴めない。つまり、お金を握り締めない・・・でもとても大切なものという認識はある。

以前にも松下幸之助が言われたという「お金は掴むものでなく、触るもの」ということを記した記憶があります。

お金を掴んだままで、離さないのはウンコをしないようなもので、いつかは病気になる。お金を失う恐怖から、多くのものを見失い、大切なものを引き換えに無くす。

ウンコをするというのは、生きたお金の使い方ができるということかもしれません。だったら、ウンコも大切だということになると思います。でもそれに集らない。

本のタイトル「手離す技術」・・・・執着は良くない。そのためには、調和・バランス・・・一昨日の本「心の野球」とも繋がります。自分がそれが出来ていないから、二日続けてこうした本にめぐりあい手にしているのでしょう。

「不調のときが自分の実力」・・・成功はイリュージョンというか、自分の実力ではなく、周りのお陰・・・

そんなことをウンコから感じました。
お食事前の方失礼しました・・・・(笑)

#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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続 桑田真澄

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以前にも記したことがあると記憶していますが、この世の中で起こることで、偶然はなく全て必然であるということ。

本の第4章に次のような文があります。

「目の前に起こったことはすべてパーフェクト」
たとえ試練の遭遇したとしても、
それは必然であり、
乗り越えることで人は磨かれていく

一見悪い、不幸だと思えることも・・・全てパーフェクト。それは、次の成長のためにある試練。でも何故そうなったかは、善因善果・悪因悪果の因果応報。全てを受け入れることから始まり、その試練を乗り越えることで人々は成長できる。どうしてこんな事に・・・それは、自分に原因がある必然。

今回、シアトルから成田に向かう機中で隣り合わせた日本の若者。久しぶりに気持ちの良い礼儀正しい、自分自身を持った若者でした。長い旅がおしゃべりでとても短く感じれたほどでした。これも偶然?それとも必然? あとはその因に縁をもって、よい結果を導けるかどうかという理屈抜きの自然な行動が出るかどうか?


幸福?その物差しは、満足・・・吾唯足知・・・調和のとれた姿勢。行き着くところは「お蔭様」という感謝だと思います。
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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桑田真澄 − 心の野球

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昨晩、立寄った本屋で引かれて手にした本。マスコミが作り上げた桑田選手のイメージが払拭されました。

感謝と努力・・・

あと白黒の判断より、見えない力、畏敬の念含めた判断。同じようなことを経て来たので、肯く部分がいろいろありました。

一読のお勧め本です。
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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水滸伝

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前から気にはなっていたけれど、読まないままでいました。水滸伝読んだのはいつだったでしょうか?中学か高校生頃?たぶん中学生のときは、横山光輝の漫画本だったように思います。

この2週間で一挙に5巻まで読みました。2週間前は腰を痛め、1週間床に伏せていたので本を読むしか出来なかったのもありましたが・・・

適材適所
至誠

ふっとそんな文字がいま浮かびました。

#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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塩野七生

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「ローマ人の物語」で有名な塩野さんですが、その本は手にしたことがありません。

でもずっと気になっていた作家で下記の本を今回読みました。

題名のリーダー論も然る事ながら、こうした範囲・角度で歴史に触れると本当にいい勉強になるだろうと思いました。日本人には遠い、キリスト教とイスラム教の歴史・確執の一面も少し垣間見れる部分がこの本でも触れることができました。

高校時代、受験で勉強した世界史。ヨーロッパ史では、英語・ドイツ語読みで同一人物が出てくる・・・ヨーロッパのそれも遠い昔の人の名前と年代を覚えることなど全く興味が沸きませんでした。

それりもローマ治世の背景などからは、日本の幕末史と同じくらい面白い人間模様が学べるような気がしました。しかし、スケールと年代がはるかに壮大ですが・・・

昨今の危機の時代・・・歴史は繰り返すではないですが、学ぶことがあると思います。

#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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武田双雲にだまされろ

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みんな同じことを言うなあ!と最近出会う人、触れる本、自分の潜在意識というか感じる部分があちこちでクロスする錯覚を覚えました。

面白く一挙に読めるお勧め本です。

今回日本から出張で初めて会った友人の友人に頼んで持ってきてもらった本です。騙されろというか読めという波動だったのでしょうか?

#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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潜在意識(Subconscious)

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潜在意識(Subconscio...
起業よりも実際の具現化することは大変です。ある程度年齢がいくと経験が邪魔することもあります。

最近思うのが潜在意識。高校生のときでした。2週間の観光旅行でSan Diegoを訪れ、すごいカルチャーショックを受けました。帰りの飛行機の窓から遠ざかるLAの街並みを見ながら、自分は大学生になったらアメリカに留学で帰ってくる。それもSan Diegoに・・・と誓ったものでした。それから受験勉強、失敗、浪人、失敗など繰り返している間も留学してアメリカにいる自分の姿をよく想像したものでした。で現実化して行ったのが4年後にしかもSan Diegoになりました。

顕在化した意識は時として邪魔になりますが、自分の奥底に眠る潜在意識には、本来の自分の感性、感情、経験などが眠っています。いわゆる顕在意識をデジタルとすれば、潜在意識はアナログでしょうか?

でもその潜在意識を紐解くのに苦労している昨今です。一番わかっていないのが自分自身。節目ごとに自分自身の内面を内観することは大切だと痛感しているこの頃です。
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常識と良識

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・・というタイトルで以前書留ましたが、一時はやった言葉に「パラダイムシフト」がありました。

「龍馬の如く」茶谷清志著x武田双雲書、Infotop出版より

常識

太平の世なら
常識を知れば生きていける
けんど、時代が動く時は
常識という思い込みは
邪魔になるんぜよ

案外、年配から小言を言われている若者が何かしでかしてくれるのかも? そう考えると面白い時代なのかもしれません。

不況、不況といってうつむいても仕方が無いですし、

再び「龍馬の如く」より



うつむいていたら
大きな空も
広い世界も見えんぜよ
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プロフェッショナルの条件 3 − 生産性の向上

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従来の生産性向上は、肉体労働における生産性を問うものであった。経済学でいう資本と技術が生産要素であり、経済学者は資本と主役とし、技術者は技術を主役として生産性向上に努めてきた。肉体労働の場合には、人は一時に一つの仕事しかできず、生産性の向上は目的を問うことでなく、「如何に行うか」が焦点であった。しかし、知識労働の生産性向上には、「何が目的で、何を実現し、何故それを行うか」といった目的の定義と集中、そして仕事の分類・専門化と同時のプロセスの分析が必要になる。
  例としてドラッカーは米国の病院における看護婦の仕事の改善を上げている。ある病院では、看護婦は本来の看護という仕事以外のペーパーワークに時間の半分を忙殺していたそうである。そこで、そうした専門知識を要しないペーパーワークを病棟職員に回したところ、看護婦の数が四分の一に削減できて、結果的に人件費を増やすことなく給与を上げることができたという事例を挙げていた。
  医療業界では医師や看護婦の不足は言われているが、仕事の本来の目的、専門化、プロセスなどを見直し、肉体労働者とのパートナー関係で生産性は向上されると考えられる。ただその場合不可欠なのが、その知識を学ぶということと同時に教えること。また今日の情報化社会では知識の陳腐化が激しく、継続した学習が求まられる。
  以前、ある技術者(彼はイギリス出身)に「Work wisely, not word hard!」と言われたことがある。日米間を毎月のように往復してクタクタになっていた当時の自分にはカチンときた言葉であった。しかし、冷静に考えてみるとManagementの立場で自分でしか出来ない仕事を如何に集中、専門化して行うかという生産性からみると最悪であっただろうと思う。つまり、彼のいうとおりの部分があったと反省している。日本人的な人情というか感情論では、長い労働時間で働いていることを美徳とされることがあるが、冷静に考えると能力がないから悪戯に時間がかかっているだけ。もし能力の問題でなければ、Managementが人の補充や仕事の分散という別次元の対応が必要なのかもしれない。
  極端な比較になるかもしれないが、「どうやってお金を儲けるか?」が従来の生産性向上である「如何に行うか」に当たり、「どうしてお金を儲けるか?」が問われている生産性の向上である「何故それを行い、何を実現したいか」に当たるといえる。そして、そのためのプロセスの分析が「如何に行うか」であり、それは目的達成手段であって、主役ではない。
  経済発展途上のプロセスにおいては、どの国においてもがむしゃらに頑張ってきたのが当然の成り行きであり、それを否定するものではない。豊かになるためにどうやってお金を儲けるかという手段の生産性向上が求められる。しかし、今日先進国は、次のステージに入っている。豊かさという定義を物心両面で考えなおす時代になっているということだろう。エコロジーや高齢社会のおける医療などが生産性の向上として課題になってきているのはドラッカーの予測した方向性にあたるのかもしれない。
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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