「あんたの犬、思わず殺そうと思ったけどさ」。そう言われて始まった、お気に入りのキスの話があります。
8年前、ロサンゼルスの東の街に引っ越したとき、困った問題が起きました。私が日本から連れてきた琉球ミックスの黒い犬、アルジン(女の子)が、隣に住んでいる白人のおじさんにやたらと吠えるのです。そのおじさんは、とても怖い感じの猟師さんでした。初めて挨拶した私につかつかと歩み寄り、銃を打つ構えをしながら「あんたの犬、思わず殺そうと思ったけどさ」と言ったのです(怖!)。
凍り付いた私の顔を見て吹きだしたおじさんは、「でもマリア(奥さんの名前)がおやつをあげてお友達になりなさいというから、これからそうするぜ」と続けました。それ以降、おじさんは、鯉の池にどどーっと餌を投入したトランプ大統領ばりに、自腹で買ってくれたミルクボーン(犬用クッキー)を我が家の庭に大量投下。その甲斐あって、単純なアルジンはあっという間に、おじさんの姿を見かけるとワンワンではなく、クンクーンと鳴くようになりました。
ある日、おじさんが家に訪ねてくると、アルジンはドアに向かって走り、しっぽを振って迎えました。するとおじさんはアルジンをひょいっと持ち上げ、その小さな額に「チュ!」。隣の家の犬にキス!なんてワイルド!という驚きもありましたが、そのとき、確かにアルジンの顔が驚いたように輝き、頬が赤くなったのが分かりました。日本で生まれ育った私もアルジンもアメリカ式の温かい洗礼にドギマギしながら、この国に馴染んでいきました。あのアルジンの戸惑って照れた顔を思い出すたびに、アメリカの人々の温かさに感謝する気持ちが生まれるのでした。
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