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景気循環と国鉄 第1話 神武景気と鍋底不況と国鉄

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いただき物の画像から モハ52... いただき物の画像から モハ52形電車
京阪神急行を走ったモハ52もこの時期になると都落ちして飯田線に転出していった。
今回は、オリジナル記事として神武景気と鍋底不況と国鉄と言うことで書かせていただきます。
日本史で聞かれたことはあるかと思いますが、神武景気は昭和29(1954)年 12月から 昭和32(1957)年6月まで 31ヵ月間続いた好景気の俗称ですが、国鉄も、好景気を受けて第1次5か年計画がスタートするのは前述した通りですが、その原資となるべく運賃値上げは当初18%で申請しますが、運輸審議会の答申でその値上げ額は15%に圧縮され、さらに国会審議を経て13%に圧縮されたと言われています。
そこに来て、第1次5か年計画の当初に国際収支の悪化を端緒とした、公定歩合の引き上げが5月を始め、金融引き締めを強化したことで景気は後退、不況期(後になべ底不況と呼ばれる)に入りました。
これにより、鉄道輸送も大幅に後退を余儀なくされ、好景気を元に組んでいた予算ベースで比較すると、旅客収入で10億円、貨物収入では30億円の不足、計40億円の収入不足が見込まれるうえ、利子支払いの増加(約14億円)や、物件費などの増加(120億円)に入り、国鉄としては、初年度から計画にかなり無理が生じる形となりました。

その後、昭和33(1958)年7月からは日本銀行の金利引き下げと国内消費の回復で岩戸景気と呼ばれる景気回復局面に入りました。
この時は、積極的に工場などが建設され、投資が投資を呼びと言われた時代でしたが、国鉄の場合は輸送量の増加以上に人件費の増加、更に支払利子の増加が大きな足かせになったと言われています。
当時は人件費だけで100億円毎年増加し、利子払も34億円の増加したという記録があり?。
人件費の増加はいびつな年齢構成にあることがこの頃から指摘されており、適切な人員配置などの合理化がなかなか進まなかったことも原因と言われています。
どうしても趣味誌ベースで考える部分だけでは見えてこない、問題がいくつか潜んでいるように思えてなりません。

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