けれど今、窓辺に座っているこの時間は、 決して「残りもの」ではない気がする。
2月
25日
空瓶が並ぶ、窓辺のカウンターが「おうちバー」
バーキャビネットは38万円なんだけど・・・・ショットバーへの憧れは、まだ消えていない。
でも、いま目の前にあるこの「おうちバー」も、思いのほか、悪くない。
もちろん買えるわけないんだけど「おうちバー」ができますよね。
グラスを傾けると、耳にはオールディーズ。友人のエレキギターが、少し甘く、少し照れくさく響き、
私のドラムが、その後ろで、規則正しく時を刻む。
ときどき、Elvis Presleyの声が流れる。
あるいは、The Beatlesの若いハーモニー。
あの頃の彼らは若く、
あの頃の私たちも、たぶん若かった。
けれど今、窓辺に座っているこの時間は、
決して「残りもの」ではない気がする。
おしゃれなショットバーに、ふらりと入ってみたい。
重たい扉を押すと、カラン、と氷の音。
カウンターの向こうには磨かれたボトル。
そんな光景に、少し憧れる。
けれど現実は、年金暮らし。
我が家の「おうちバー」は、窓辺のカウンター。
並ぶのは、飲み干したウイスキーの空瓶たち。
ラベルだけが、往年の栄光を誇らしげに輝いている。
重たい扉を押すと、カラン、と氷の音。
カウンターの向こうには磨かれたボトル。
そんな光景に、少し憧れる。
けれど現実は、年金暮らし。
我が家の「おうちバー」は、窓辺のカウンター。
並ぶのは、飲み干したウイスキーの空瓶たち。
ラベルだけが、往年の栄光を誇らしげに輝いている。
空瓶は、空虚の象徴ではなく、
確かに味わった時間の証のようでもある。
確かに味わった時間の証のようでもある。
飲み干した、という事実。
聴き続けてきた、という事実。
続けている、という事実。
聴き続けてきた、という事実。
続けている、という事実。
派手なネオンも、重たい扉もない。
けれど、窓の外には田舎の静かな田園風景。
グラスの氷は、きちんと鳴る。
けれど、窓の外には田舎の静かな田園風景。
グラスの氷は、きちんと鳴る。
幸せ、という言葉をわざわざ持ち出さなくても、
この静かな充足は、どこか確かだ。
この静かな充足は、どこか確かだ。












