幸せは、つかみに行くものというより、 今いる場所に、腰をおろすことなのかもしれない。
4月
12日
うちの窓から見える廃屋。人の気配を失って久しいその家は、
静かに時間を受け止めている。
滅びゆくものの中にしかない美しさがある。
それを感じるようになった自分に、
少し驚きながら、少し納得もする。
ずいぶん歳を重ねたものだと思う。
私の四季
春は「来る」
夏は「逝く」
秋は「深まる」
冬は「越す」
春は「来る」
夏は「逝く」
秋は「深まる」
冬は「越す」
そんなふうに思うようになったのは、いつ頃からだろうか。
若い頃は、季節はただ巡るものだった。
けれど今は、それぞれの季節に、どこか人生の気配が重なる。
けれど今は、それぞれの季節に、どこか人生の気配が重なる。















