奥ちゃんも指摘されています。 わたしと一緒にスポーツクラブ。ヨガ15年続けています。 今の生活は「柔軟性・循環・姿勢」では優秀。 ただし「下半身の筋力」だけが、年齢とともに静かに不足していく構成です。 ですから―― 👉 マシンによる下肢筋トレは「ぜひ少量で」取り入れたほうがよい
現在のメニューの診断 ■良い点 体幹を意識している(クランチ・ツイスト系) 左右差を考えている ウォーキングを入れている → 「考えながら運動している」ことが伝わります。 ■気になる点 回数が多すぎる 40回×2セット、20回×4セットは → 持久系になりやすく、筋力アップには効きにくい 腰・首に疲労が残りやすい 足腰の“主力筋”が直接鍛えられていない ■これから頑張るぞぉ~! 太もも(大腿四頭筋・ハム) お尻(殿筋) ふくらはぎ → スイミングで弱点になりやすい部位 体幹が“ねじり過多” ツイスト系が多いと、腰を痛めやすい シニアは「支える体幹」が優先 泳ぐ前としてはやや消耗が大きい 筋トレで疲れ切ってから泳ぐと、フォームが崩れやすい
結論から言うと、「意欲は高いがシニア世代には「回数が多く、部位が偏り気味」 うまく整えれば、疲労を残さず、泳ぎも軽くなる...... ■40回ツイストは削除要請される!「出っ腹」防止のためと思っていたけど・・・
いつか、年を重ね、暮らしの速度が少し落ちたとき、畳の感触や、障子越しの光が、ふと恋しくなるかもしれない。 そのとき初めて、和室は「古いもの」ではなく、「戻れる場所」として、静かに息を吹き返すのだろう。 ■古い昭和の部屋でも、時間が降り積もり、家具やモノの置き方、電灯や調度品が整っているようなアートさえ感じる部屋があります。 ■古さはマイナスではない。洋風が和風よりいいとは限らない。生活の中に息づくこの部屋について語ってきました。 古い和室シリーズ終わり。
何も置かない余白、低い目線、光と影の移ろい。 そうしたものを味わうには、少し立ち止まる時間と、静けさが要る。常に情報と刺激に囲まれて育った世代にとって、その「何もなさ」は、豊かさというより、手持ち無沙汰に映ることもあるだろう。 それでも、和室が合わないという感覚は、拒絶ではない。 ただ、「今の自分の暮らしには、こちらの方がしっくりくる」という選択にすぎない。 私たちがかつて洋室に憧れたように、彼らもまた、自分たちの心地よさを探している途中なのだ。
畳の上に直接座る暮らしそのものが、すでに遠い。 椅子やソファに身体を預ける生活に慣れていれば、床に座るという行為は、どこか特別で、少し構えが要る。 畳の部屋が「くつろぎ」ではなく「正座」や「きちんとする場」として記憶されているなら、自然と距離が生まれるのも無理はない。 畳の上に板を張ったり、絨毯を敷いたりするのも、和室を否定しているわけではないのだろう。
若い人が和室を好まない、という話を聞くと、つい「もったいない」と思ってしまう。 けれど、それを嘆いたり、価値観の違いを裁いたりする気にはならない。たぶんそこには、世代ごとの感覚の差が、静かに横たわっているだけなのだと思う。
絨毯の上に、家具の角に、ソファーの背もたれに、静かに光が広がっていく。 考えてみれば、陽が差すのは当たり前のことだ。特別な出来事でも、祝うほどの事件でもない。 それなのに、冬の光はどうしてこうもありがたく感じられるのだろう。 寒さや曇り空に慣れてしまった分だけ、ほんの少しの明るさが、過剰なくらいに心に染みるのかもしれない。 チンチラ猫が陽だまりを選んで、のんびりと体を伸ばしている。何を急ぐでもなく、何を悔やむでもなく、ただ今を受け取っている姿。その気楽さが、少しうらやましい。
足元を見ると、チンチラ猫が陽だまりを選んで、のんびりと体を伸ばしている。 何を急ぐでもなく、何を悔やむでもなく、ただ今を受け取っている姿。その気楽さが、少しうらやましい。 さて、と小さく区切りをつけて、窓辺のカウンターに向かう。 今日だけの「おうちカフェ」を開こう。 凝ったことはしない。 湯を沸かし、カップを選び、外の光を眺めながらゆっくり飲む。それで十分だ。