人生は長い旅でした。 けれど振り返れば、すべてが一瞬のようでもある。 遠くに霞む青春の日々は、 まるで一編の歌のように、今も胸に流れ続けています。 あの時代は、確かによかった。 けれど―― 今こうして思い出せることが、 何よりの幸せなのかもしれません。
振り返れば、どれもささやかな日々でした。 けれど、 ささやかなこの人生という言葉どおり、 その“ささやかさ”こそが、今の私を支えているのだと思います。 老いてしまった今、 あの頃に戻りたいとは、もう思いません。 けれど、あの時代があったからこそ、 今の穏やかな日々がある。
心の旅の「愛していたのに」のフレーズに、 恋とは続かないものなのかと、少しだけ大人びた気持ちになったりもしました。 それでも彼女と並んで歩く帰り道、口に出せなかった。 結婚しようよ。 私は卒業しても社会に出て行く勇気はなかった。 当時流行っていた「モラトリアム人間だった」 彼女は静かに去っていった。「経済力のない人」は、しあわせをもたらさない・・・・
冬の下宿。狭い六畳間。 石油ストーブの上にやかんを乗せ、白い湯気を眺めながら聴いた 神田川。 「あなたは もう忘れたかしら」 あの一節を聴くたび、なぜか胸が少し痛んだものです。 まだ何も失っていないはずなのに、失う予感だけは、やけに敏感でした。 共同トイレに、風呂なしの間借り。 キッチンはないので学食と 定食屋のおばちゃんの手料理 彼女はよく弁当を作ってくれていた。
白い上げ下げ窓は、まるで時間の額縁です。そこに映るのは、季節だけでなく、これまでの自分の姿。 失敗も、遠回りも、すべてが今の静かな暮らしにつながっています。 若い日の焦りがあったからこそ、今の落ち着きがある。 窓辺でコーヒーを飲みながら、私は思います。 人生は成功の数ではなく、安らぎを感じる瞬間の深さで決まるのだと。