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ボンビーでもしあわせのカタチはあります

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気まぐれに更新するブログなので、コメント・友だち・メール機能はオフにしています。無礼をお許しください。

自分の人生や命までもが、はるかな過去と静かにつながっている気がしてきます。

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蔵の奥で、長いあいだ息をひそめ... 蔵の奥で、長いあいだ息をひそめていた一枚の銅銭。

手に取ると、ひんやりとした重みが掌に残り、胸の奥に小さな波紋が広がりました。

刻まれているのは「咸平元宝」。

千年以上前、宋の都で鋳造された貨幣が、いま私の手元にある――

ただそれだけの事実が、妙に心を高鳴らせます。
これまで歴史とは、年号と出来事... これまで歴史とは、年号と出来事を正しく並べるためのものでした。

試験のために覚え、やがて忘れていく知識。

そこに人の息づかいや、時間の匂いを感じる余地は、正直あまりなかったように思います。
けれど、この宋銭を前にすると、... けれど、この宋銭を前にすると、歴史は突然、体温を持ち始めました。

この銭は、かつて誰かの暮らしの中にあり、

市で品物を買い、港で荷を動かし、もしかすると平清盛の時代、

日宋貿易で賑わう博多の波音を聞いていたのかもしれません。
銅の表面に刻まれた摩耗は、単なる古さではありません。
 
それは、無名の人々の手の温もりであり、懸命に生きた時間の積み重ねです。
 
その連なりの果てに、この銭は蔵に収まり、そして今、私と向き合っています。

ワオ!と言っているユーザー

銅の表面に残る摩耗は、単なる傷ではなく、数え切れない暮らしの痕跡です。1000年ものあいだ、何人の人に渡っていったのでしょうか。

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わくわくするのは、価値や年代だ... わくわくするのは、価値や年代だけではありません。

千年を越えて、偶然にも今ここで出会えたという事実そのものが、

何よりの歴史のロマンなのだと思います。
銅の表面に残る摩耗は、単なる傷...
平清盛が日宋貿易を推し進め、博多の港に異国の文物が行き交っていた時代――
 
その喧騒のどこかで、この一枚もまた、音を立てて取引されたのかもしれません。
 
銅の表面に残る摩耗は、単なる傷ではなく、数え切れない暮らしの痕跡です。
 
米や布、塩や酒と引き換えに人の手から手へ渡り、時代が変わっても役目を終え、やがて日本のどこかの家の蔵に静かに眠る。

ワオ!と言っているユーザー

中国北宋時代、第三代皇帝「真宗」によって鋳造された貨幣ですとありました。1000年以上前の宋銭だと思うと歴史的ロマンを感じます。

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中国北宋時代、第三代皇帝「真宗...
歴史は書物の中だけにあるのではなく、
 
ときに蔵の片隅から、掌の上にそっと姿を現します。
 
この小さな宋銭は、過去と現在を結ぶ確かな重さを持ち、
 
「あなたもまた、長い時間の流れの一部なのだ」と、静かに語りかけてくるようです。

ワオ!と言っているユーザー

そこに刻まれているのは「咸平元宝」(かんぺいげんぽう)の四文字。 千年以上前、北宋の真宗の時代に鋳造された宋銭

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銅の表面に残る摩耗は、単なる傷... 銅の表面に残る摩耗は、単なる傷ではなく、数え切れない

暮らしの痕跡です。

米や布、塩や酒と引き換えに人の手から手へ渡り、

時代が変わっても役目を終え、やがて日本のどこかの家の蔵に

静かに眠る。

そして今、こうして再び光を浴びている。
(たくさんの寛永通宝に混じって... (たくさんの寛永通宝に混じって、1枚だけ1000年を経た「宋銭」が・・・・)

ワオ!と言っているユーザー

蔵の奥から現れ、手のひらに小さな円い金属。1000年の時を経た「宋銭」の歴史ロマン。

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ちょっとデコってみました。... ちょっとデコってみました。
軽く埃を払うと、そこに刻まれているのは「咸平元宝」の四文字。
 
千年以上前、北宋の真宗の時代に鋳造された宋銭だと知った瞬間、
時間の感覚がふっと揺らぎました。
 
この銭は、遠い大陸の都で生まれ、商人の懐を渡り、海を越え、
幾人もの手を経てきたはずです。
 
平清盛が日宋貿易を推し進め、博多の港に異国の文物が行き交っていた時代――
 
 

ワオ!と言っているユーザー

犬と暮らせる老人施設~ためてきた心の傷をいやす■盲導犬を最後まで世話をします。

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「死」を予感しながら生きていく... 「死」を予感しながら生きていくのは、不安で苦しいと思う。

施設に併設されている「わんわんハウス」は、犬がたくさんいる。

この犬を見て、何十年もの間、積み重ねてきた心の傷が癒されない人はいないだろう。
大阪から訪ねてきた人が、家族は... 大阪から訪ねてきた人が、家族は賛成しましたが、本人が「こんな田舎はさびしくて住めん」といってキャンセルしたので、空きができた。「やったー、ラッキー!」

10分でヤマダ電器、洋服の青山、ホームセンター、すき家、ケンタッキー、マック・・・・なんでもあるんだけど。

大阪と比べるとねえ。

窓からは満開の桜がみえます。
私がプロデュースした部屋づくり... 私がプロデュースした部屋づくり。

パイプベッドなどを避け、味気ない雰囲気を和らげた。

ボンビー父さんは、こんな老後の最後のステージを過ごすことはできないでしょう。

貯金もないし、年金も少ない。小さい声で「今の老人は贅沢かもしれない」私たちは惨めな最期が待っているだろう。

ワオ!と言っているユーザー

いろんな研究家がいるものです。「丸暗記日本史」で乗り切った私には難しそうです。

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わくわくするのは、価値や年代だ... わくわくするのは、価値や年代だけではありません。

千年を越えて、偶然にも今ここで出会えたという事実そのものが、

何よりの歴史のロマンなのだと思います。
いろんな研究家がいるものです。... いろんな研究家がいるものです。...
や! こんなにすごい人だったんだね。
 
著者について
1903年~1981年。歴史学者。
 
専門は対外関係史。東京帝国大学文学部国史学科卒業。
 
史料編纂官をつとめた後、満洲建国大学教授、
 
九州帝国大学法文学部教授、
 
横浜市立大学文理学部教授、
 
東京都立大学人文学部教授を歴任し、中央大学文学部教授。

ワオ!と言っているユーザー

歴史は書物の中だけにあるのではなく、 ときに蔵の片隅から、掌の上にそっと姿を現します。

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日宋貿易のイメージだそうです。... 日宋貿易のイメージだそうです。

https://koukohaku.blogspot.com/2014/11/blog-post_96.html
寛永通宝に混じって1枚だけあっ... 寛永通宝に混じって1枚だけあった「宋銭」 歴史は書物の中だけにあるのではなく、 ときに蔵の片隅から、掌...
■引用
 
平忠盛の跡を継いで平氏の棟梁になった平清盛は、朝廷内でますます権力を増し、日宋貿易をさらに発展。
 
当初は博多港で日宋貿易を行っていましたが、京都から近いという理由で瀬戸内海に面した港町でも貿易を行うことにしたのです。
 
瀬戸内海はもともと父・平忠盛が、海賊討伐で実績を築いていただけに、平氏にとっては既知の海域。瀬戸内海のなかで平清盛が注目したのは、「大輪田泊」(おおわだのとまり)という古い港。
 
大輪田泊は現在の神戸港で、奈良時代に僧侶「行基」(ぎょうき)が築いたとされます。しかし大きな宋船が入れるほどの設備が整っていなかったため、平清盛は大輪田泊の大改修を実施。埋め立て地や人工島を造り、瀬戸内海航路を整備して日宋貿易の主要拠点としました。
 

ワオ!と言っているユーザー

こんな家具でハッピーになれるかも。うちは狭いので今が限界。

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こんな家具でハッピーになれるか... 一生使えるとは思いませんか?い... 一生使えるとは思いませんか?

いろいろ飾って、楽しいかも!
うちは「中華」のラックですが、... うちは「中華」のラックですが、

「ちょこっとハッピー」になりますよ。

ワオ!と言っているユーザー

1000年以上前のお金がでてきました 。■今も蔵や土中から顔を出す歴史の証人。平清盛が「日宋貿易」を進めたころのコインです。

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日本の貨幣史の“地層の下層”に... 日本の貨幣史の“地層の下層”に沈んでいる銭コイン。

中学の社会でならいましたね。西暦1022年ごろ。
スキャナーでは、あまりよくキャ...
スキャナーでは、あまりよくキャプチャーできませんでした。
■蔵や畑から出てくる理由
 
もし官平元宝が日本の蔵や畑から出てきても、それはまったく不思議ではありません。
 
室町時代まで実用銭
 
江戸初期でも混用
 
寛永通宝以前の「古銭」として残存
 
■後日、このお金の特集をやります。

ワオ!と言っているユーザー

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