年金生活は長丁場のライブ。体調というリズムが崩れたら、楽しいドラムも畑も止まってしまう。休息日も立派な予定だ。 予定を詰め込みすぎない。急な友人の誘いや、天気の良い日の気まぐれドライブを楽しむための「空白」をあえて残そう。 Don't Stop The Music! 楽しむことが全てだ!
私が言うのもなんだけど、地方のスポーツクラブは「デイケア」状態、シニアでにぎわっています。 80歳過ぎても、バタフライやってる人もいます。 私はのんびり「2ビートクロール」 プールに1時間半はいたんですが、1時間になり・・・・30分になり・・・・ 体力の衰えも自覚しています。15年続けて なんとか「逆三角形」を(過大評価して)維持しています。 無理はしません。「痛い」とか「年寄りの冷や水」とかになりたくないので・・・・ シニアらしく楽しんでいます。
友人より 昨日ギターショップ🎸に行きました。 年末店長からフェンダーアンプ、いいのが入荷しましたよの連絡があっていました。 ワクワクしながら購入!ヤッターご機嫌な音! 最高です。キレがイイねー! 状態もキレイ。夕方1時間ジャカジャカやりました。フー。 1月9日の公会堂スタジオBでの練習を楽しもう!
吉田松陰の言葉を引用しわれを哀しむは、われを知るにしかず。われを知るは吾が志を張りて、之を大にするにしかざるなり」 令和4年7月8日に発生した安倍晋三元首相銃撃事件の論告求刑公判において、妻・昭恵さんは、亡き夫が大切にしていたという幕末の思想家・吉田松陰の言葉を引用した。 「われを哀しむは、われを知るにしかず。われを知るは吾が志を張りて、之を大にするにしかざるなり」 という言葉である。この一節には、突然の死によって潰えた一人の政治家の無念さと、遺された人々がその「志」をどのように受け継ぐべきかという、強いメッセージが込められている。 悲しみを超えて「知る」ということ 昭恵さんは意見陳述において、夫を亡くした喪失感は一生消えることはないと吐露している。しかし同時に、彼女は憎しみや恨みといった負の感情に支配されないよう、自らの感情を俯瞰し続けてきたという。
ブランコが軋む午後 妹の声 風に舞って 公園の隅に咲いていた 名も知らぬ花 手をつないで歩いた道 あの日のままじゃないけれど 振り向けば いつだって 小さな僕が そこにいる あの空も 犬のマリーも 弁当を包む 母の手も すべて 僕の中で 今も 息をしてる ハードロック鳴らす 父の車に揺られ 妹とはしゃいだ帰り道 冷たい鉄棒の感触 猫のぬくもり 妹の笑顔 時を越えて 今も そばにいる どこにいても 誰になっても 子どもの頃の僕が そっと 背中を押す あの空も あの犬も 弁当を包む 母の手も すべて 僕の中で 今も 息をしてる あれから 何年経っただろう 確かに 過去が 未来を 奏でてる