龍之介の苦悩
4月
11日
君の小説は世間で多くのひとに読まれ
感動を与え名誉も手に入れたはず
とても素晴らしいことなのに
そんなことでは救われない
と、私に怒って言った
小説が売れて何になると
君が言い切るのだから
それ以上に重大なことがあり
困難な現実が押し寄せているのだろう
言葉を掛けることに躊躇した
ひとりにさせてくれ
ふたりを破ろうとする空間が囁く
君の小説は幻想な世界で神秘的だ
其処には現実から逃れるための
姑息の場所があったのかもしれない
そしてひとを誘(いざな)う力が君にはあった
しかし別に小説でなくとも良かったのだろう
カタチに執着のない美しい姿だ
もう君は小説という世界には行かない
ひとくち飲んだコーヒーを置き
私が何処へ行くのかと訊くと
妹の見舞い、と言った