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四季織々〜景望綴

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の恋◆ 3

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆柾彦の...
   恋慕

 毎週水曜日の午後、祐里は、鶴久病院の入院患者を見舞う奉仕活動をしていた。以前に祐里が知人の見舞いに訪れた病室で『祐里さまが病室にいると、気分がよくなり痛みが和らぐようだ』という入院患者の声を聞きつけた結子が、試しに祐里に依頼したところ、不思議なことにどの病室からも歓迎されたのだった。祐里も入院患者が楽しみにしているのを知り、喜んで見舞っていた。
「ご機嫌いかかでございますか」
 祐里は、病室を廻り、手を握ったり、痛いところを撫でたりして、ひとりひとりに優しく話しかけた。祐里の慈悲のこころは、入院患者を元気付け、しあわせな気分にしていた。その評判は、口から口に広がり、鶴久病院は、ますます、受診者が増えていた。
祐里は、見舞いを終えて、副院長室前の廊下で柾彦に出会った。
「姫、お疲れさま。珈琲をご馳走しますよ」
 白いワンピース姿の祐里は、病院の廊下に差し込む秋の和かな陽射しに輝いていた。柾彦は、昨夜から急病の患者にかかりきりで、心身ともに疲れていた。杏子から結婚話を突かれたことも影響してか、こころが祐里の優しさを求めていた。
「柾彦さま、お疲れさまでございます。お心遣いありがとうございます」
祐里は、柾彦の後から副院長室に入って、静かに扉を閉めた。突然、柾彦は、我を忘れて力強く祐里を抱きしめた。祐里は、消毒液の匂いに包まれた。柾彦は、祐里の温もりと甘い香りに包まれながら、しあわせを感じていた。
「柾彦さま、何かございましたの」
 祐里は、柾彦の今までにない行為に驚きながらも、母のような優しい声で柾彦を包んだ。柾彦からは、心身の疲労と激しい恋慕が感じられた。
「姫、しばらくの間、このままでいてもいいですか」
柾彦は、祐里の耳元で囁き、自分の行為を恥じながらも(姫を離したくない。今だけでもぼくの姫なのだから)と強く思っていた。窓の外では、桜の樹が心配して、秋風にさわさわと葉音をたててそよいでいた。
「はい」
 祐里は、柾彦の心労を感じ、柾彦の背中に手を回して (いつも、優しく守ってくださる柾彦さま。いかがされたのでございますか)とこころの中で呟いた。祐里は、柾彦が大好きだった。光祐への愛とは全く違う愛情を感じており、失いたくない存在だった。柾彦が自分を好いていることは感じていた。勿論、光祐の妻として、それに応えることは出来なかった。それでも、柾彦との楽しい時間を失いたくはなかった。祐里は、自分のその想いが柾彦を苦しめていることを改めて感じ(柾彦さまの優しさに甘えてばかりの私がいけないのでございます)と自身を責めていた。
 柾彦は(このまま時間よ止まっておくれ)と強く念じていた。
その時、扉が叩かれた。
「はい。どうぞ」
 柾彦は、驚いて反射的に祐里を離し、返事をした。
「祐里さん、こちらでしたのね。お茶にお誘いしようと思って捜しておりましたのよ。柾彦さんも一段落したらいらっしゃい」
 結子は、柾彦の動揺した顔に気付きながらも、明るく祐里に声をかけた。
「はい、おばさま。お誘い、ありがとうございます。柾彦さまとのお話が終わりましたら、すぐに伺います」
 祐里は、落ち着いた笑顔を結子に向けた。
「それでは、お茶の準備をして待っていますね」
 結子は、すぐに扉を閉めて廊下へと消えた。廊下に出ると、しばらくの間、壁に凭れて、柾彦の一途さを不憫に思い、柾彦の祐里に対する恋慕を憂慮していた。
 柾彦は、扉が閉まると同時に長椅子に崩れるように座り込んで、両手で顔を蓋った。
「柾彦さま。いつもお元気な柾彦さまがそのようなお顔をなさると、私も元気がなくなってしまいます。柾彦さまは大層お疲れでございますのね」
 祐里は、長椅子の隣に座って、柾彦をふんわりと優しく抱きしめた。柾彦の激しい恋慕と祐里の穏やかな慈悲のこころが交錯して、二人を切なく包んでいた。そのうちに祐里の慈悲のこころが、柾彦の疲れたこころをゆっくりと癒していった。
「姫、大変失礼な事をしました。本当に申し訳ない。どうか許してください」
「柾彦さま、私は何も気にしてございません。大丈夫でございますね。おばさまがお待ちでございますので、お茶に参りましょう」
しばらくして、柾彦は、我に帰ると祐里に深く頭を下げて非礼を詫びた。そして、祐里に促されて、自宅で結子と共にお茶の時間を過ごした。

 祐里が鶴久病院を出ると、珍しく、学校帰りの優祐が佇んでいた。
「母上さま。そろそろ、お帰りの時間ではないかと待っていました」
 優祐は、学校が終わると、急に胸の内が葉の擦れるようなさわさわとした気分に陥り、祐里のことが気になって、通学路から外れた鶴久病院に足を向けた。
「優祐さん、ありがとうございます。ご一緒に帰りましょう」
 祐里は、微笑んで、優しい母の表情を優祐に向けた。優祐の気遣いが嬉しかった。優祐は、成長期に入り、いつの間にか祐里と同じくらいの背丈になっていた。祐里は、優祐と並んで、桜川の土手沿いの道を歩いた。
「母上さまは、柾彦先生と友だちだから、病院のお手伝いをされているのですか」 
 優祐は、微かに消毒液の匂いの残る祐里に思いきって問いかけた。大好きな祐里を柾彦や入院患者に横取りされたように感じながらも、そのように思うこころの狭い自分を恥じていた。
「優祐さんは、柾彦先生を好きでございますか」
「はい。お会いすると、楽しいお話をたくさんしてくださって、元気付けられますので大好きです」
 祐里は、微笑みながら優祐に問い返した。優祐は、青空のように清々しい柾彦を思い出していた。
「私も柾彦先生にいつも元気をいただいてございます。柾彦先生は、お友だちと申し上げるよりも、兄妹のような・・・・・・優祐さんにとっての祐雫さんのような感じでございますね」
 祐里は、優祐に答えながら、自身の胸にも言い聞かせていた。
「それに、病院のお手伝いをさせていただいているのではございませんのよ。ただ、入院されている方とお話をさせていただいてございますの」
 優祐は、自身の狭いこころを反省し(母上さまは、神さまのようなお方です)と祐里の慈悲深いこころに感じ入っていた。

 その夜、子どもたちが就寝してから、光祐は、祐里の横に座って優しく声をかけた。
「祐里、何かあったの」
「いいえ・・・・・・何もございません。光祐さま、祐里は、いつもと違うてございますか」
 祐里は、普段通りに振る舞っていたつもりが、光祐に気付かれたことに困惑していた。
「いや、いつもの祐里だよ。何もなければそれに越したことはないけれど、ひとりで辛い事を抱え込む性分の祐里のことだから、心配事でもあるのかと少し感じたものだから。ぼくの大切な祐里だもの、誰よりも祐里のことは分かっているよ。ぼくは、いつでも祐里を信じて見守っているから、祐里が信じる道を行きなさい」
 祐里は、静かに光祐の肩に頭を擡げて寄り添った。光祐の深い愛情が感じられた。
「祐里は、光祐さまのお側に居させていただくだけで、しあわせでございます」
 祐里は、こころがしあわせで満たされていくのを感じていた。
「ぼくのしあわせは、祐里がしあわせでいてくれることだよ」
 光祐は、それ以上は何も追及せずに、祐里の肩に手をまわして力強く抱きしめた。祐里は、光祐の愛に包まれて自信を取り戻していた。(光祐さま、祐里は自身を信じて、そして、柾彦さまを信じて、いままで通りのお付き合いをして参ります)とこころに誓った。
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Toshiaki Nomura
Toshiaki Nomuraさんからコメント
投稿日 2008-10-02 16:23

ついに感情が爆発しましたねぇ・・・。


これはまだまだ序章ですね。
これからの展開しだいで大事件に発展したり、
急速に収束したりの分かれ道的な場面ですね。

どうなっていくのだろうか・・・???

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keimi
keimiさんからコメント
投稿日 2008-10-02 16:50

通常の大人の小説だとこれからドロドロとした世界へ展開されていきますが・・・柾彦の想いは、どこに繋がるのでしょうか?!

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ファルコン
ファルコンさんからコメント
投稿日 2008-10-02 19:13

祐里が間違いを犯すとはしんじられませんおで、柾彦の葛藤はまだまだ続くようですね。

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keimi
keimiさんからコメント
投稿日 2008-10-03 05:25

わたしにとっても〈祐里は、柾彦が大好きだった。光祐への愛とは全く違う愛情を感じており、失いたくない存在だった。〉と文中にあるように失いたくない存在でした。


明日、柾彦の前に「美月」という女性が登場します。

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ターキーさん
ターキーさんさんからコメント
投稿日 2008-10-02 21:45

毎回楽しく(わくわくしながら)読ませていただいております。

続きをお願いします。

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keimi
keimiさんからコメント
投稿日 2008-10-03 08:41

はじめまして。

みなさまのご声援で、わたしも毎日楽しく連載しています。
どうぞよろしくお願いします。

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