投稿日 2017-04-19 07:50
解体心象
by
ペガサス
今から丁度150年前、幕末の日本、かの坂本龍馬を隊長とする「海援隊」が操船する「いろは丸」が 紀州藩の軍艦栄光丸と衝突した事故現場を紫雲出山展望台からは目の前に見る事ができます。衝突直前いろは丸は左に舵を切っています。それで右舷に衝突され沈んでいます。龍馬は鞆の浦で直ぐに賠償交渉に入っています。しかし決着せず 長崎で再び行われますが、その賠償額は現在の価値にして最低でも25億円~100億円と言う巨額な金額でした。この交渉に登場するのが、土佐藩 後藤象二郎(土佐藩参政・上士 後に船中八策を山内容堂に建白し、大政奉還に至る) 岩崎弥太郎(三菱財閥の祖 下士) 更には薩摩藩 五代友厚(初代大阪商工会...