馬車道といえば、舶来をイメージする。
あるセミナーを受講するため、昔の勤め先のある
馬車道を訪れた。
紫陽花を見詰めているとき、届いたメールが一通。
수민からだ。
もう何年も会っていないけど、元気そうで何より。
素直にうれしい。
ふと、楽しかった日々を想い出す。
紫陽花の花言葉も思い出した。
我に返り、セミナー会場の関内ホールへと向かった。
空、海、島…。すべてが薄紅色に染まった夕暮れの日本三景「松島」(宮城県)。東日本大震災の津波に襲われた、松島湾に浮かぶ260余りの島々は、以前と変わらず美しく輝いていた。
あの日、松島湾の奥にある松島町は3・8メートルの津波に襲われた。一部で橋の流失や、ホテル、土産物店などが浸水したものの比較的被害が少なかった。震災発生時に町内にいた約1300人の観光客は全員無事。観光の目玉、国宝・瑞巌寺も壁がひび割れるなどしたが被害は軽かった。
町民の死者・行方不明者は16人(6月6日現在)。このうち、町内で犠牲になったのは2人だった。隣接する東松島市の死者・行方不明者が1100人を超え、南側にある七ケ浜町も12メートルの津波で65人が犠牲になったのとは対照的だった。
「松島の島々が(町を)守ってくれた」。町民は口をそろえる。松島湾の入り口には、桂島をはじめとした浦戸諸島が奥にある町を守るように横たわる。役場の職員も「比較的被害が少なかったのは、津波が島にぶつかって勢いが弱まった可能性があるかも…」と話す。
松島町では「被害が小さかった松島から被災地を力づけよう」と、復興のさきがけになることを目指している。4月下旬には「復興宣言」を出し、ホテルや飲食店が次々と営業を再開。遊覧船も運航を始め、休日には多くの客が訪れるようになった。
それでも、5月の大型連休中の観光客は例年の4分の1、5万人強にとどまったが、今は夏の観光客誘致の準備に本腰を入れている。松島観光協会の伊藤国雄専務理事(63)は「目指すは完全復活。松島から宮城県全体の産業を元気づけたい」と力を込めた。(写真報道局 松本健吾)
産経新聞 6月19日(日)
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一度も行ったことのない東北。
今は連休も取れない勤務状況だが
いつか必ず行ってみたい
女子陸上に期待の星。
土井杏南は若干15歳。
昨年、全国中学選手権驚異的な中学新で優勝。
その後、両足親指骨折、4か月に及ぶ治療とリハビリ。
努力と忍耐で克服。
先日の日本選手権で社会人に交じり4位。
女子100mは名実ともに福島千里が断然だが
土井杏南がこのまま順調に行けば、福島以上の
可能性が十分にあるのではないか。
この監督が発している言葉が、さらに可能性を
感じさせます。
土井杏南は「超プラス思考」で「天真爛漫」
がんばれ杏南
神奈川県横浜市に2店舗ある。
ここは関内店。
なかなかイケている立ち飲み居酒屋
備長炭で焼いてくれる焼き鳥もイケている
パチパチセット(880円)がお得!
飲み過ぎないようにしないと。。。
パケット通信料100万円也・・・
定額プランなので、払う必要は無い
のですが、こんな料金表示する必要
あるんでしょうかね。
必要無いと思いますが・・・
開店は20代後半の時。
浮き沈みの激しい水商売
女ひとつで35周年
継続は力なり
私が初めて行ったのは23年前
当時と今も変わらぬ店内
思い出が詰まっております。
ここで飲む酒は格別です
たかがスナック されどスナック
ママから学ぶことは多い
可能な限り営業して欲しい
おめでとうございます
約3ヶ月前、訳あって地デジレコーダーだけ購入し、
放置状態でしたが、本日やっと設定をして地デジ化
しました。
テレビは約25年前のものをモニターとしてしばらく
使います。
元々、テレビをあまり見ないので、25年前のものが
元気に動いています。
とりあえず設定だけなんで、予約録画など、設定でき
るようになるのが、一体いつになることやら。
いいんです、ほとんど見ませんから。
ある程度 年を取ってしまえば
誰にでもある 古きよき時代
ロックグラスを傾け
たまには思い出そう
そこから生まれるものが
必ずある
そこから始まることが
必ずある
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