2つの死:「命の時間」を決める悲しみ
3月
23日
バク君が亡くなって2週間後、夫のいとこ(60代の女性)が危篤状態だと連絡がありました。サンディエゴにかけつけると、自宅のリビングルームにベッドが置かれ、そこに「もって1~2週間」と言われたいとこが横たわっていました。
いとこはもともとあった病気に加え、肺炎を発症したことで呼吸困難となり、人工呼吸器と点滴でかろうじて命をつないでいる状態でした。既に意識不明ながら、寝ている胸は呼吸の度に大きく上がり、手は空をもがき、看護師さんは「溺れて呼吸ができないような、苦しい状態」だと説明します。
世話をしているのはまだ30代前半の娘さん2人でした。目に涙をためながら「お母さん、ゆっくり呼吸をして」と体をさすり続けています。
医師は「いつまで呼吸器をつけておくか。それはご家族の判断で」と言い残して部屋を去りました。呼吸器をつけている限り、1~2週間は生きられる、でもそれは苦しみの時間…。
モルヒネで呼吸困難を抑えながら1秒でも長く、生きている母と過ごしたい姉と、「すぐにでも苦しみから解放してあげたい」と願う妹と、話し合いは平行線のまま1週間が過ぎました。
2人には決して言えないけれど…その葛藤は、つい2週間ほど前に私が1人でしたそれと重なりました。ひどい発作を起こしたバク君を救急病院に連れて行った夜、たとえ後遺症が残ったとしても、生きているバク君とまだまだずっと一緒に…そう願ったけれど、医師からこれ以上の苦しみを与えることは…と言われ。
「これからも発作は起き続けるはずです。そしてそれを止める薬はありません。その苦しみを味わわせるのは医師として…お勧めできません」。
強い薬を2回打っても何時間も発作が止まらず痙攣しているバクが目の前に運ばれてきた時に、その姿があまりにもかわいそうで………こんな苦しみがこれからも続くなら……決めました。
泣かず、笑顔で、頭をなでながら、小さな顔にキスしながら。腕に注射が打たれ、バク君は最後に大きく目を開けて、そのまま閉じることなく亡くなりました。
――犬の話です。母親を亡くそうとしている娘さん2人の前では決して言えない話です。でも大切な家族の「命の時間」を決めよと言われる苦しみは……痛いほど分かります。
サンディエゴを去って4日目の今日――いとこが亡くなったと連絡がありました。結局人工呼吸器を外したのは昨日とのこと。その選択に正解も不正解もありませんよね。
3月 21日「2つの死:天国へ行ってしまったバク君」https://jp.bloguru.com/RuCommunications/434889/2022-03-21