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合氣道と心理療法―合氣道セラピーの可能性―

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 練心館で十数年合氣道を稽古されている、臨床心理士で公認心理師の田多井正彦さんが、横浜市青葉区の東急田園都市線「たまプラーザ」駅近くに心理相談室を開業されました。


 思い起こせば十数年前、この方は入会前の一カ月間、毎週曜日を替えて見学・体験に来られ(その間、道場の雰囲気はどうか、先生の実力はどうか、と色々吟味していたそうです。全く失礼な奴です。〈笑〉)、翌月から正式に入門されたという慎重な方でした。

 その後はコツコツと熱心に稽古を続けられ、途中、仕事の都合で引っ越されていた時も、わざわざ遠くから休まずに通ってくれていました(当初は引っ越し先の某有名合気道道場に移られましたが〔その時は私も快く送り出しました〕、やはり練心館の方が良いと戻って来てくれました)。

 田多井さんは大学で心理学を学び、卒業後は大手進学塾に六年勤務しましたが、その間に色々と思う所があり、人間のこころの悩みや苦しみ等の、諸問題の解決を手助けする「心理カウンセラー」になろうと決意されたのだそうです。
 入門当時はまだ臨床心理学を研究する大学院生でした。その後、スクールカウンセラーや精神科・心療内科クリニックと連携した心理相談室等に勤務し、同時に臨床心理学の学会でも精力的に活動されています。



 この、田多井正彦さんと合氣道との出会いも、ある意味運命的だったのだと思います。
 当初から合氣道に関するある程度の知識や情報は持っておられたのかも知れませんが、稽古を始められてからは、毎回、合氣道とカウンセリングとの親和性や、ユング派心理学との共通点の発見の連続だったようで、いつしか、心理療法に合氣道を応用した「合氣道セラピー」を開発することを志すようになられたそうです。



 合氣道に限らず、あらゆる芸事や修行の「道」を志し、追究していく中で、誰もが最終的に行き着くテーマは「いかに人を救うか」であると自分は最近つくづく思います。
 しかしこれは、「慰めを与えてやる」とか「欲求を満たしてやる」「居場所を与えてやる」等々といった安易なものでは決してなく、人間の「魂」の根本からの変革を要求するような、ある種、宗教的な悟りの境地にも通じるような、もっと厳しいものであると言えます。

 過去練心館にも、合氣道に「こころの救い」を求めて入会されるような方が何人か居られましたが、正直、そういった方々の期待に自分は十分応えてあげられていたか、と問われれば、内心忸怩たるものがあります。
 合氣道は突き詰めれば「人を救う道」である、ということには自分は揺るぎない信念があります。しかし、実際に「救い」を求めてすがる人々に対し、自分は十分に応えてあげられているのだろうか、と随分悩みました。
 しかし、ある時ふと、問題の構図は極めてシンプルなものではないか、と気付かされました。

 合氣道家を医者に譬えるならば、医者の仕事とは、基本、病気や怪我で苦しむ人々を治療し救ってやることかも知れませんが、一方で、大学の医学部などで行われているのは、医学の発展に貢献し、立派な後進の医者を育てるという大切な任務です。
 合氣道の道場も、「救いを求めてすがる人々に救いを与える場所」というよりは、むしろ「人を救える力を持った人間を育成し、その能力を磨き上げる場所」といった傾向の方が強いのだと思います。
 病気や怪我で苦しんでいる人が、治療を求めて大学の医学部に入学してもそれはお門違いというものでしょう。

 そんな中、田多井さんはいわゆる「医学部」ではなく「診療所」としての合氣道の可能性を広げようと実践されている訳ですから、自分が練心館で上手くやれなかったことをやろうとしてくれている、という点で本当に頼もしい限りです。
 少し早過ぎるかも知れませんが、「弟子が師匠を超える」というのはきっとこういうことなのではないか?・・・とも考えてしまいます。



 武道の世界に限らず、あらゆる芸事などの徒弟制の世界で、師匠と全く同じことをしている限りは弟子は絶対に師匠を超えられません。
 「A」先生の真似をしている限り、その弟子はどんなに頑張っても「A´」、つまり「A先生の劣化コピー」にしかなれないのです。
 武術・武道の世界はもちろん、芸人の世界でも学問の世界でも、師匠を超えたと評されるような人たちは、師匠とは全く違う芸風だったり、師匠とは全く違う研究スタイルだったりするものです。
 師弟の間で受け継がなくてはならないのは揺るぐことのないその道の「心・本質」であり、それをどう表現するかは各人の個性に依らなければならないということなのでしょう。
 そういった意味でも、田多井さんは正しく理想的なあるべき「弟子」の姿を体現してくれているのかも知れません(ちょっと褒め過ぎですね・・・)。



 そんな訳で、改めて、臨床心理士・公認心理師の田多井正彦さんが開業された心理相談室をご紹介します。

   しらかば心理相談室(東急田園都市線「たまプラーザ」駅北口 徒歩3分)
   〒225-0002
   神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-5-3 美しが丘ビル303
   TEL/FAX 045-482-6499
   E-mail shirakaba-counseling@dream.jp
   Website https://shirakaba-counseling.com



 因みに、合氣道練心館館長師範である私が、自分なりに「救いを求めてすがる人々」に出来ることがあるとすれば、それは「氣」のエネルギーを使ったヒーリングです。
 お陰様で、練心館の生徒さん達からはかなりの好評を頂いております。
 「気療」の神沢瑞至(かんざわただし)先生という、海外のドキュメンタリー専門放送「ヒストリーチャンネル」で特集が組まれる程の、世界的に有名なヒーラーの先生がいらっしゃいますが、実は、先代館長の最期を看取って頂いてからのご縁があり、自分も色々と教えて頂いております。
 練心館でのヒーリングをご希望の方がおられましたら、お気軽に道場にお問い合わせ下さい。お待ちして居ります。
#カウンセリング #セラピー #ヒーリング #合気道 #心理療法 #武道

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新垣結衣さん、星野源さん、来館!!!

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新垣結衣さん、星野源さん、来館... 新垣結衣さん、星野源さん、来館... 新垣結衣さん、星野源さん、来館...





 合氣道練心館の平成28(2016)年最大のニュースと言えば、9月21日(水)に、女優の新垣結衣さんとミュージシャンで俳優の星野源さんが来られたことです。

 と言っても、残念ながら合氣道を習いに来てくれた訳ではなく、飽くまでもTBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のロケで、メイクや衣装替え、休憩等をするための、控室として道場を使って頂いただけです。


 ちなみにその日は、隣の町内会館を控室にして、宇梶剛士さん、富田靖子さん、石田ゆり子さんといったベテランの錚々たるメンバーも揃い踏みでした。

 練心館の30数年の歴史の中で、これ程までに有名な方々が集結したのはもちろん初めてのことです。


 ロケ当日のお昼休憩の時間、道場では、当時まだ発売前だった星野源さんの新曲『恋』の「イントロ/アウトロ部分だけ」といったような、「曲の一定の部分」だけが何度も何度も繰り返し流されていました。

 これは今になって判ることですが、道場の鏡の前で、お二人で「恋ダンス」の練習をしていたのでしょう。

 ドラマのエンディングで毎回流れた通称「恋ダンス」は、今や大ブームになっていますが、新垣結衣さんと星野源さん御本人たちが「恋ダンス」を踊った「武道の道場」というのは、世界で唯一、うちだけではないかとちょっと自慢です・・・。



 そんなご縁があったので、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は、毎週欠かさず視ていました。
 正直に申しまして、民放の連続ドラマを毎週欠かさず視ることは、自分でも何年振りか判りません・・・。

 そしてドラマを初回から視ていく中で、今回はどうも、もっと深い意味での特別な「ご縁」があったのではないか(?)、と驚かされると同時に、そう確信せざるを得なくなりました。



 それはちょっと不思議系、スピリチュアル系のお話になってしまいます・・・。



 私の母は、3年前(平成25年8月)に亡くなったのですが、今回、星野源さんは、天国の母からのサプライズとして(?)、ある意味、目に見えない不思議な力に導かれて(?)練心館に来られたのではないか、と思われてならないのです。



 母は、30年前に最初の「くも膜下出血」で倒れ、開頭手術を受けました。
 しかし、その時は奇跡的に回復し、お陰様でその後20年以上、特に後遺症もなく元気に過ごしていました。

 平成24(2012)年4月。
 母は再び「くも膜下出血」で倒れ、その後、2度にわたる開頭手術の末、何とか一命は取り留めたものの、植物状態である「遷延性意識障害」となってしまいました。


 実は、私には「氣」のエネルギーを使ったヒーリングができる、という特技があります。
 詳しく言うと、野口整体の「愉気」と心身統一合氣道の「氣圧療法」を自分なりに融合させたものでした。
 更に、母が倒れて後、これもまた運命的に神沢瑞至先生の「気療」に触れる機会に恵まれ、お陰様で自分でも技術が随分向上したと思っています。


 昏睡状態になってしまった母にヒーリングを行うと、奇跡的にその時だけは両目をパッチリと開けて、しっかりと物を見てくれるという現象が起きました。
 そのうち、毎週病院に行っては、ヒーリングをしながら母が好きだったドラマのDVDを見せてあげる、ということをやっていました。
 最初に見せてあげたドラマのDVDがNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で、星野源さんが松下奈緒さん演じる主人公の弟役を好演していました。


 そんな頃、星野源さんが31歳の若さで、母と同じ「くも膜下出血」で緊急搬送されたというニュースを聞き、大変ショックを受けたのです。


 そして翌年、平成25(2013)年の6月。
 母が亡くなる2カ月程前に、星野源さんがまた入院、そして再手術をするというニュースを聞き、その時は、自分の中で星野源さんと母の姿が完全に重なってしまい、本当に気の毒で胸が痛みました。
 その頃、寺社仏閣へ参拝し、母の病気平癒を祈る時は、何となく一緒に、星野源さんの回復もよく祈ったものです。
 (※実はその頃の自分は、星野源さんはてっきり重症で、後遺障害に苦しみ、もうミュージシャンや俳優として復帰するのは相当難しいのではないか?、と勝手に思っていました。)



 そんなこともあって、昨年の大晦日、NHK紅白歌合戦に星野源さんが初出場し、元気な姿を見せてくれた時は、目頭が熱くなったのを覚えています。
 それは、星野源さんがここまで元気に回復した、ということに感無量の思いだっただけではなく、ヒット曲「SUN」の歌詞が、自分には、病から回復しようと頑張る人々への応援歌であると同時に、回復せず亡くなった人々への鎮魂歌にも聞こえ、闘病中の母のことも色々と懐かしく思い出されたからだろうと思います。



 話をドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のことに戻します。



 初回放送を視て、先ずは「面白い偶然もあるんだなぁ・・・」と驚きました。

 星野源さん演じる「津崎平匡」の住むマンションの住所が、私の実家の住所と、ほとんど一緒だったのです。
 その後しばらくは、「津崎平匡」のマンションが画面に映るたびに、小道具として電柱に括り付けられた「住所表示の青いプレート」にいつも目が釘付けになっていました。

 もちろん、ドラマに登場するのは、横浜市の実在する市、区、町をランダムに組み合わせて作ったであろう架空の住所です。
 しかし、横浜市民で地元の人ならすぐに解かると思います。
 ここで具体的に書くのは控えますが、ドラマに出てくる住所は、番地が若干違うだけで、何と、私の実家と誤差20m以内の場所でした。



 第2話を視て、「これはもしかしたら、ただの偶然ではなく、目に見えない世界のご縁や導きがあるのでは?・・・」と気になり始めました。

 この「津崎平匡」の住むマンションの最寄り駅という設定のロケ地が、3年前に、約1年もの間、母が人生最期の時を過ごさせて頂いた「療養型医療施設」の最寄り駅である、相鉄いずみ野線の「南万騎が原駅」でした・・・。



 そして第3話を視て、「一連の不思議なシンクロはただの偶然ではなく、天国の母からのサプライズか、あるいは、それこそ薬師如来様から頂いたご縁に違いない」と確信するに至りました。

 話の内容は、皆で山梨県の勝沼にドライブに出掛けるというものでした。
 そして甲州市勝沼町にある古刹、大善寺(葡萄薬師)が、ドラマ上大切なシーンで登場した時は、さすがに仰天しました。


 実は、平成24(2012)年に母が「くも膜下出血」で倒れて後、ずっと病気平癒の願掛けをしていたのが、この大善寺(葡萄薬師)だったのです。


 翌年8月、母が亡くなった直後にもお参りさせて頂きましたし、それ以降もちょくちょく大善寺(葡萄薬師)には参拝しており、今年も8月に行って参りました。

 大善寺(葡萄薬師)の御本尊である薬師三尊像(薬師如来坐像、日光・月光菩薩立像)は秘仏で、5年に1度10月初めの2週間だけ御開帳されます。

 平成25(2013)年10月、母の納骨を済ませてから1週間後、勝沼まで行き御本尊の薬師三尊像を直接、拝ませて頂くことができました。
 その時は、「母が無事に三途の川を渡れますように」ということと、「せめて星野源さんが元気に回復できますように」とお願いしたのです・・・。



 所で、このドラマのエンディングは、毎回、出演者の方々が揃って踊る、通称「恋ダンス」で、最後は必ず新垣結衣さんの「合掌」した姿で締め括られていました。

 そんな不思議な「ご縁」を感じていた自分にとっては、その姿が「衆生を救うために浄土から降臨された菩薩様」に見えて仕方ありませんでした。
 まさに「月光菩薩」ならぬ「ガッキー菩薩」とでも言うべき有難い御姿で、思わずこちらもそれに応えて、度々「合掌」してしまったものです。
 そう考えると、星野源さんは「SUN」に懸けて「日光菩薩」ということになるのかも知れません・・・。

 「恋ダンス」を振付されたMIKIKOさんは、この「合掌」を、恐らくはヨガのポーズや民族舞踊からインスパイアされて採り入れられたのだろう?と思われますが、「恋ダンス」がここまで人々に受け入れられたのも、「合掌」を多用した振付が、もしかしたら仏教的な祈りや救済を人々に連想させたからなのかも(?)知れません(我ながら『ぶっちゃけ寺』に出てくるお坊さんみたいですね・・・)。



 そんな訳で、今年はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のお陰で、忘れられない年となりました。

 しかし来年こそは、本業の「合氣道」で「今年最大の良いニュース」が語れるような、そんな年にしたいものです。



 今年も残り僅かとなって参りました。
 それでは皆様、よいお年を。
#ヒーリング #ブログ #合気道 #武術 #武道 #芸能

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