10月
7日,
2020年
ル・マン24時間レース 回顧録③
この年、それでもル・マン24時間レースへの挑戦を見届ける必要があった。
その回顧録を自分視点で、記憶が曖昧になる前に残しておこうと思う。
※プライバシー配慮のため、人名等はイニシャル表記にする
※そんなもん、いまどき検索すれば出てくるだろうが・・・
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【序章-3】
興味を持ったモノには飽くなき探求と情熱を捧げる、この話の主人公Y氏。
その情熱は、半端じゃない。
コレ!と決めたら、とにかく喰らい付くその貪欲さも然る事ながら、反面どんな時であっても冷静沈着、紳士的な対応で過ごされている。(誰しもが初見から、いつも穏やかな紳士の印象を受けるに違いないが、アンガーマネジメントが素晴らしくて、実は心の内は熱くメラメラと燃え盛っている事を、後から知る)
レーサーなんていう人種と関わると、たいてい自分勝手で個性が強く、我が一番というスタンスである事に気付く。
いや、これは決してネガティブな意味ではない。なにしろ、そうでもなきゃ極限までスピードを追及し、あまつさえ他人と競争しようなどとは思うまい。
根っからの負けん気と、自分を取り巻く全てを自分の思い通りにするようなガッツ、知恵・・などが無ければ、およそレーサーには向かない。
2020年現在、改めてY氏の事を考察した時、ここまで記してきてハッとした。
今しがた「根っからの負けん気と、自分を取り巻く全てを自分の思い通りにするようなガッツ、知恵・・などが無ければ、およそレーサーには向かない」等と書いたばかりだが、これはまさにY氏そのものではないか!
ただし旧知のレーサー像とは大きくかけ離れる点が一つある。
それは、自己の目的のために廻りを巻き込む方法論が、メリットが一方通行ではないという大きな違いだ。
例えば「部品」「値段」「情報」といった、誰もが欲しがるモノを自分の有利になるためだけに欲しがるのは、一般的であり、そのメリットは享受した者に対して一方通行である。誰よりもマージンを得たいのだから、それは道理とも言える。
Y氏の場合、そういった局部的なマージンは必ず双方向にメリットが発生するように思考されているように思う。仮に「自分が良い部品を使うとするなら、どうぞ貴方も自由にお使いなさい」そんな感じだ。むしろ、そんな小さな所を独占しようとはしない。
ではY氏が何を一番優先されているのか、を考えると、それは端的に言えば「ヒト」に他ならない。
味方になる「ヒト」が多ければ、自分の目的を達成させるプロセスにも「ヒト」のチカラが大きな波のように拡がっていく。
よく「金持ちはケンカはしない」と言われるが、この言い方は下品だけれど、まさにその通りである。些細な事に無駄なエネルギーを費やすのは、何一つ生産性が無い。
Y氏は「ヒト」を大切にし、メリットを双方向にするから周囲もその恩恵に預かりながら、自然とメリットが大きな輪になっている。
実際、ひとつのシステムとも呼べるこの大きな循環が無ければ、世界3大レース、ル・マン24時間にアマチュア最高峰の車輛での挑戦は出来ないだろうと思う。
閑話休題
さて、時は2013年に戻る。
大クラッシュを経験し、それでも矢継ぎ早に走行への復帰を果たしたY氏。
この年、本当によくサーキットへ通われたと思う。
・・・・。
では、速くなったか?という問いには、なかなかそうもいかなかった。
現実は厳しい。
50代を過ぎてレーシングマシンの運転を1から覚える訳だから、頭では分かっていても目や体がついて来ない、ということもあるだろうし、長年持っている運転のクセの様なモノを矯正したりもしなければならない。
いや。
そもそもが例え30代であったとしても、初めてレーシングマシンを手にしたとしたら、ソレを手懐けるまでには大抵、年単位の訓練が必要になる。
パッと乗って、多少練習したからと言ってレースで勝てるような状況にはならない。それで普通なのだ。
走っても、走っても、目覚ましく突然アップグレードなど出来ない。
その間にはやはりクラッシュも度々経験するし、タイヤの使用本数など、それこそ消しゴムのように使った。
さて、ここからは車輛をメンテする立場からの目線である。
クラッシュする、タイヤも使う。走れば走るほどに消耗品は必要だ。
ガソリンスタンドでガスだけ給油すれば良い、とはいかない。
レーシングマシンの場合、可動部分・駆動部分の定期的なメンテナンスが必須になる。それは一般乗用車よりも当然シビアで、数百キロ単位、数千キロ単位で管理する。
その距離感を理解してもらうために、例えば鈴鹿サーキットの練習走行は1セッション大抵30分。それが1日4~5セッションある。
1セッションでフルコースの周回数は13~14LAPくらいだろうか。
フルコースの周長は約5.8キロ。つまり30分で約80キロを走行することになる。
勿論これはピットインなどしない前提だが。
1日5セッションを走れば、それだけで400キロ近い走行距離になる。
だから数千キロ毎のメンテサイクルなど、意外とあっという間にやってくるのだ。
これは、走れば走るほど金を喰うという表現も出来る。
走ったら走っただけ、目標とする得られる「何か」が如実に得られればコストも払い甲斐があるのだけど、なかなかそう易々とお持ち帰りできる土産は貰えない。
貰えるのは拾ってくる砂利ばかり、なんて笑えない冗談みたいな本当の現実。
走れば走るほど請求金額が増える。
クラッシュでもしようものなら、尚更。
なのにドライバーが一番欲しい、目覚ましいラップタイムが手に入らない。
当然、何とか速く走れるように記録されたデータを解析したり、動画を利用して助言もするのだけど、最終的にハンドルを握るのはドライバー本人だ。
ある程度の反復練習と、慣熟をしつこく繰り返し、ドライビング技術の引き出しをたくさん持って貰えなければ、前進しない。
これはどの種類のレーサーであっても同じである。
どんなに1日練習をしても、家に帰って次コースに来た時はまた前回と同じ立ち位置から練習が始まる・・
本来なら、練習の度に階段を一つづつ定期的に昇れれば理想的なのだけど、なかなかそうはいかない。練習には壁も訪れるし、なによりやはり時間は必要になる。
だから、Y氏の担当をしていてこの期間が最も心の内が苦しかった。
まるで金ばかりを使わせているようで、辛かったのだ。
かと言って突然速くなれる妙薬があれば良いのだが、そんな物は無い。
走っているのはご本人だから、とにかくレーサーとしての進捗を見守るしか出来ない。
外装など、ヒットやクラッシュが頻発したから修理に修理が重なり、外注の修理に任せていたらFRPがパテ盛りになってきて、これではいかん、とコンポジットに精通する自分が修理に乗り出す始末。(料金的な問題で、社内よりも外注の方が安く修理できたのだけど、レーススペックで作業しないFRP屋さんは、見栄えは治るが重くなる傾向がある)
長身の筋肉質ゆえに体重もソコソコ、ある。
ただでさえ重量的にハンデがあるのに、むざむざカウルのパテなんかで重量増など、考えただけでも悪寒がした。もともと重いのだから100グラムだって削りたいのだ。
この当時から、なんとか車輛側から0.1秒でも貢献できないか、と画策を始めていた。
〈つづく〉