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小さな白い教会が目に入った立て看板には次のように書いてあったフランス人宣教師ドルワール神父が明治12年に創建明治16年焼失後明治20年ド・ノアイ宣教師により再建され、今日に至る。当時多くの教会建築を手がけたパピノ神父の設計による...
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両津には加茂湖があるこの湖と港に水路があり、汐の干満により海水が出入りし汽水のために、牡蠣の養殖が行なわれているこの水路に架かる短い橋に四季を表現した彫塑が立っていた...
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道路脇の農作業小屋と思しき前にチェーソーで彫ったと思われる木彫が目に入った庭の奥にはトーテンポールのようなものも見えるが人が居ない屋敷の中には入れない入口の彫刻を撮ってみた...
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能舞台の本間家を後にし、両津へ向かって歩く山手の方角に生垣の手入れが行き届き、規模の大きな家が背後の山との景色にとても良く合っている経済的なものと文化的な高さを覗わせる...
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昨日尋ねた本間家は現在18代目庭の片隅に句碑が建てられていた17代当主、友英が俳句をたしなみ交流のあった高浜虚子星野立子、高野素十等を招き句会を開いたその時に詠われた句が彫られている「ある時は 江口の月の さしわたり」 虚子...
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最近、あまり見かけなくなった初午の飾りが小さなお店に飾ってあった一言断り撮ってみた地方によって色んな飾り方がある...
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佐渡全島に現在も30以上の能舞台があるが(かっては200以上といわれている)佐渡宝生流の本間家を尋ねた季節柄、人影は無くひっそりと静まり返っていた能や謡には全くの門外漢のためただ建物にのみ興味を持っている...
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人形に「様」が付くのは雛人形だけと何処かに書いてあった婦人雑誌の3月号には挙って各地の「お雛様」やこれにまつわる料理や故事来歴、風習などが載せられる奈良一刀彫...
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毎年巡って来る色んな季節の行事2月3日は豆まき最近は関西から伝わったのか「大きな海苔巻き」を食べる習慣が広まってきた行事や習慣が情報の伝達速度が速く、全国共通になりつつあるお雛様も昔は各地に土雛や紙雛など色んな形態があり裕福な武家や商人は「有職雛」や「次郎佐衛門雛」が飾られた3月3日は上巳の節句早出...
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あまりブログルには私的なことは書かないつもりですがこれから、日本全国で恐らく頭を悩ませるのではないかと思われます。以前、共同の納骨墓をアップしましたが、長兄の家は三人の娘が全て他家へ嫁ぎ、仏壇やお墓を誰が継ぐかに頭を悩ませています。日本では大家族で伝統を守り、継承してきた事が困難になってきました。少...