常識と良識
12月
29日
ところで、新規ビジネスをクリエイトすることを自分のスキルの強みのひとつだと自負しています。そのなかでいつも自問自答するのが良識です。本当に社会に役立つか?人々が喜ぶものなのか?目先の損得よりいわゆるLONG TAILで物事をいつも考えてきました。新規ビジネスの場合、ある意味で市場調査がどれだけ意味を持つかわからない部分があります。つまり、現在無いものを世の中に問い、打ち出そうとする場合には今日の常識はあてはまらなかもしれません。
常識という殻を破ることには大変なパワーを必要とすると思います。周囲からの理解を得ることもある意味では勝てば官軍の言葉とおり、成功を納めて始めて認められるというきびしさもあります。しかし、常に自分自身の正中線をしっかりと持って、決断・行動するときには最終的には常識という物差しではなく、良識という拠り所が大切です。その拠り所となる良識をしっかりとしたものにするためにも、日々の勉強、経験や社会の動向、周囲の人々のアドバイスなどいろいろなものを見て、聞いて、咀嚼しながら自分自身のものにしていくことが大切になると思います。
ビジネスの種はここ米国に多くあります。それを量産化できる技術(価格、安全性、使いやすさなど)は日本のお家芸。国民性に基づく世界の中での役割というものが見えます。しかし、このシアトル近郊の過去5年間をみても韓国、中国の盛んな米国でのビジネス活動が見えるのに、アジアの雄である日本だけ半分逃げ腰の中途半端な姿勢に見えるのは私だけでしょうか?