2021/12~2022/01 冬休みの旅(数え年で傘寿の旅です)
1月
22日

10日間、4000Kmの旅なのに、面会者予定者は数名。
私の旅は、友人知人と会うのが楽しみなのに、コロナが恨めしい~。

生まれ故郷の、福岡県久留米市に、樹木葬の墓地を求めました。
生誕の地から、西へ500m程の所です。日輪寺と言う、お寺です。
福岡中央高校の同級生3人が、「見に行こう」と言うので行きました。

希望すれば、A3サイズ程のスペースに、個別に納骨も出来ます。
が、13回忌法要を機会に、直接地中に埋葬されます。

一旦、四万十へ戻り、航空機利用の「閑散期」となる1月4日スタートで、
高校の同級生と待ち合わせの、名古屋小牧空港へ向かいました。
でも、高知龍馬空港出発の時刻が早かったので、高知市内で前泊しました。

名古屋では、名古屋の友人(前職は大学教授)と会い、友人の案内で長年の
念願であった、中部国際空港セントレア内の『B787 1号機 実機』を見物!

冬の北海道は、初めての訪問。やはり雪。前日までの新千歳空港方面の
天気予報は『大雪』。搭乗した飛行機も『雪で着陸できなければ、
中部国際空港に戻る』と言う条件付きの出発であった。
幸い、新千歳空港に無事着陸。

先ずは、高所からの札幌見物。
その1は、札幌IRタワーからの札幌市街見物。
(こればかりは、私の写真より、展望台の案内写真が素晴らしいので拝借)

暮れなずむ、札幌テレビ塔からの札幌市街見物。

翌日は、札幌市を循環する路面電車で札幌市内見物。“雪”を堪能。

「白い恋人」工場見学。美味しい物、甘い物には、眼が無い私。
私は50歳台後半に“糖尿病”と診断されて以来、
30年近く、薬を飲み続けていますが、“病は医者任せ”、
“私は、好きな物を好きなだけ食べる” を実践しています。その結果、
低空飛行を続けていますが、HgA1c7%に中々タッチダウン出来ません。

1月6日、羽田からの折り返し便『16:30、新千歳空港発・東京羽田行き』の、
搭乗予定便が、“東京に大雪警報”が出た為に当該便が欠航。
でも、空席が在る便を探し、なんとか23:40に羽田に着きました。
因みに、私が東京!を感じるのは、皇居二重橋、JR東京駅丸の内 駅舎、
高層ビル群ですが、東京に行く度に風景が変わりますね。

今回は、静かな東京見物です。
大きな野鳥も住む!! これも東京です。

スペイン内戦に介入したドイツ軍によって空襲された町「ゲルニカ」。
「ゲルニカ」が描かれた1937年頃のスペインは、左派(社会主義)と
右派(保守勢力)の対立が激化していた時代だった。左派はソ連が支持し、
右派はドイツが支援する形で激化したスペイン内戦は、
ピカソの「ゲルニカ」が誕生する大きな歴史的背景となった(ピカソは左派)。

『明日の神話』は、岡本太郎による巨大壁画。第五福竜丸が被爆した際の
水爆の炸裂の瞬間がモチーフとなっており、悲惨な体験を乗り越え、
再生する人々のたくましさを描いたとされる。
太郎の養女で秘書を務めた岡本敏子によれば「彼の最大にして最高傑作」。
大阪万博のシンボルタワー『太陽の塔』と対をなす岡本太郎の代表作である。

みなとみらい地区。 見慣れた風景ですね。

港みらいの新たな観光目玉“横浜エアキャビン”と、世界最大五の観覧車に乗る!
今回横浜を訪れた第一目標が、この二つに乗る事でした。実現しました。
でも、もう一つの目玉! 動くガンダムは見逃しました。また次回。

横浜みなとみらい」や「横浜中華街」に隠れてチョット気付かないのが、
この横浜三塔です。
◎神奈川県庁本館は、昭和3(1928)年に横浜最大の建物として竣工。
◎横浜市開港記念会館は、横浜開港50周年を記念し、横浜市民からの
寄付を募り建設された記念建造物で、大正6(1917)年竣工。
◎横浜税関は、1934年竣工。
イスラム寺院風のドームでエキゾチックな雰囲。
これからも『楽しいね 人生の旅 まだまだ 真っ最中』で、
楽しみたい、と思っています。
長い旅の話に、お付き合い下さいまして、ありがとうございました。