今年2月まで1年以上にわたり連日残業だった私ですが、まさにその仕事が途切れるのを待つように、2月末日、小さな命が旅立ちました。
私の命ともいえる存在だった老犬、バク君。子どものいない私に、偽物母親の時間を与えてくれたバク君。
さて、雛が死んで空っぽになってしまった巣を眺めて親鳥は何を思いましょう。もともと巣の中には何もなかったのかもしれません。いやそんなことを考えたらバク君の犬生まで否定することになりますね。
元気を出さなきゃと思っても、家はがらんとして静かで、「もういないんだ!」という言葉が頭痛のように頭に響きます。
そういえば昔英語の授業で、クローンをテーマにした会話練習をしたことがありました。「亡くなったペットをクローンで再生させることの是非」。あの時は「クローンは解決法ではない。決して同じ犬だとは言えないから」と意気揚々と言った人間が、今はクローンででも会いたい!と泣きながら訴えます。
少しずつ、少しずつ受け止めていくしかありません。そんな時、もう一つの死がありました。
3/22「2つの死:命の時間を決める悲しみ」https://jp.bloguru.com/RuCommunications/434952/2022-03-22
11/29「怒れる老犬バク君と私」https://jp.bloguru.com/RuCommunications/423475
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投稿日 2022-03-22 08:04
ワオ!と言っているユーザー
投稿日 2022-03-22 10:51
ワオ!と言っているユーザー