もの言う牧師のエッセー 再投稿
第311話「 カズオ・イシグロさん 」
2017年のノーベル文学賞が長崎県出身の日系英国人で作家のカズオ・イシグロさんに決まった。スウェーデン・アカデミーによる授賞理由は「偉大な感情の力をもつ小説で、我々の世界とのつながりの感覚が不確かなものでしかないという、底知れない淵を明らかにした」とあるが、イシグロ氏の作品にいつも現れるテーマとして「記憶、歴史、自己欺瞞」を挙げている。
1954年、日本人を両親として長崎で生まれ、5歳の時、海洋学者の父が英国政府に招かれたのを機に家族で渡英。デビュー作「遠い山なみの光」など最初の2作は故郷長崎など日本を舞台に書かれたものであるが、描いた日本は想像の産物であったと語り、いっぽうで「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」とも述懐している。
彼が影響を受けた日本人作家は殆どおらず、幼いころ過ごした長崎の情景や小津安二郎、成瀬巳喜男ら両親と見た50年代の日本映画から作り上げた独特の日本像が描き出されると同時に、89年に英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を受賞した「日の名残」以降の作品では英国人としての自己を反映しており、紛れもない“日本生まれ英国人作家”と言える。フィナンシャル・タイムズのロリエン・カイト記者は、子供時代のイシグロ氏が「いつかは日本に帰るだろう」と思いながら生活をしていた事に注目する。これが「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行になったのではなないか」と。
超話題作「わたしを離さないで」では臓器提供のために生まれたクローン人間の若者たちの悲しい運命と生きる努力を描き、「忘れられた巨人」は人々が忘れたがっている過去の集団的怨恨と民族紛争がテーマだった。アカデミーのデニウス事務局長は、「過去を理解しようとすることに大いなる関心を抱いている。過去を取り戻そうとしているわけではないが、個人として、あるいは社会として生きていくために、まず何を忘れるべきかを探す道を追求している」と批評したが、何のことはない、これは我々全てが一生のあいだ繰り返す業と言って良い。 聖書は
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。
しかし、人は、神が行なわれるみわざを、
初めから終わりまで見きわめることができない。」
伝道者の書3章11節、
と言っている。未来に想いを馳せ、過去をふり返り、己のアイデンティティに悩み格闘するのは神が人間にのみ与えた特権である。限られた情報、曖昧な記憶と確信を頼りに浮き世の荒波を乗り越えようと必死にもがく人間。そこには「帰ろう。」という本能が見え隠れする。それは過去への帰結などではなく、我々人間を創造した神への帰結ではなかろうか。その事実を知らず今日も不条理に喘ぐ大勢の人々に対し、神は今日も招いておられる。「帰って来い」と。 2017-11-25