もの言う牧師のエッセー 再投稿
第299話「 ほかに席空いてるやろ!」
8月中頃、日本のウェブメディア「グレープ」に載った、とある飲食店で起こったチョットいい話。ある日、らいとにんぐ(ツィッター名)さんが一人で飲食店を訪れ、カウンター席に腰かけると、隣の席に座っていた年配の男性がいきなり怒鳴った。「ほかに席空いてるやろ!」
しかし、らいとにんぐさんは、「おっちゃん。今日、ボク誕生日やねん。1人で晩御飯とか、かわいそうやろ?かんにんな。」と返したところ、先ほどまで怒っていた男性は「そうか、そらすまなんだな。」と素直に謝罪。しばらくすると男性は店を出て行き、らいとにんぐさんは引き続き食事を楽しんでいたが、お腹が一杯になって会計に向かったところ、店員から驚くべき言葉を聞いた。「お代なら、隣の方が精算していきましたよ。」 何と、男性が代金を払ってくれていた。ビックリ! 急いで店を出たものの男性の姿はすでに見当たらず、お礼をいうことはできなかったが、らいとにんぐさんは「いい誕生日になった」と心温まった。
この一件は人間関係において大事なことを示している。まず「謝罪」である。人は間違いを犯す。それは仕方がない。しかし謝罪によって負の連鎖に楔を打つ。第二に、「愛の行動」である。言うまでもなく、謝罪だけでは不十分だ。聖書には、
「ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、
互いのために祈りなさい。いやされるためです。
義人の祈りは働くと、大きな力があります。」
ヤコブの手紙5章16節、
とあるが、どんな下手を打った人間でも必ず愛の力でクールになれる。この“おっちゃん”は初めに らいとにんぐさんを傷つけたが、終ってみれば、らいとにんぐさんを幸せにしたのだ。いっぽうで、怒鳴られた際にスゴスゴと席を移ったりせずにハッキリ自分の意志を伝えたらいとにんぐさんもグッド。誰でも偉くなれる。自分の非を認め、相手から目を背けず、愛することによって。和解の神であるキリストの力によって、それは誰にでも可能だ。
2017-9-11