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もの言う牧師のエッセー・・・第373話 再投稿 

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もの言う牧師のエッセー・・・第373話 再投稿 
コロナは警告する ③「 暴かれた人間性 」

  危機に際して本性が出るのが人間だが、それにしてもコロナは様々な厄介な問題を浮き彫りにした。いや、「分かっていながら無視して来たこと」を暴露した。在宅しても家事や育児をしないパートナー、コロナ離婚とコロナDV、感染症対策を根性論で乗り切ろうとする経営者たち、テレワークで部下を監視だけして仕事をしない上司などに始まり、掛け声ばかりで殆ど国民を助けない政府、郵送より遅いオンライン給付金申請などなど。

世界を見渡しても かつてのグローバリズムは露と消え、それぞれの国が自国本位丸出しで互いに「来るな、来るな」と牽制し合う始末。 元はと言えば己のミスなのに、強権による医療集中とITによる国⺠統制で国内感染を封じその成果を自賛する中国や、ロックダウン解除を巡り国民そっちのけで共和党と民主党、大統領が三つ巴の議論に明け暮れる米国など枚挙に暇がない。聖書が言う

「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。全ての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。彼らの喉は、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。彼らの唇の下には、まむしの毒があり、彼らの口は、呪いと苦さで満ちている。彼らの足は血を流すのに速く、彼らの道には破壊と悲惨がある。また、彼らは平和の道を知らない。彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
ローマ人への手紙3章10‐18節、

とは正にこのことだ。「全ては、その人がどういう人間であるかにかかっている。」と言ったのは ナチスのアウシュビッツ収容所の生存者で、実存分析(ロゴセラピー)の創始者である著名ユダヤ人心理学者ビクトル・フランクルだが、彼は「人生の意味を見出すことが苦しみに耐えることが出来る道」と結んだ。要するに神を信ぜず、人間は偶然で生まれと信じ、出たとこ勝負の打算と運で歩む人間は、目前の危機に恐怖し 自己保全に汲々とするだろう。言い換えれば、神を心から信じるキリスト者は、神が目的をもって人を創造し、さらには罪から救う為に御子さえも差し出したことを知っているので苦難への耐性があり、これが平安を生む。前述の聖書は続ける。

「今は・・・神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。」同21-22節、

と。人間の罪が暴かれた今こそ 我々各人がその罪を悔い改め、神の正義が現れることを心から祈る。   2020-6-15

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