憂国の頑固親父962
【産経抄】2月8日
2012.2.8 03:00 [産経抄]
昭和47年秋、北京で行われた中国との国交回復交渉をめぐって、よく知られた話がある。当時の田中角栄首相らが釣魚台迎賓館の部屋に入ったときのことだ。室内には首相の好物のアンパンが用意されている。朝食のミソ汁には故郷・新潟のミソが使ってあった。
▼並の政治家なら中国の「気遣い」に感激しメロメロになるところだ。だが田中は違った。同行した大平正芳外相に「すごい国に来たな。交渉は命がけだ」と語ったという。事実、交渉は周恩来首相らとの間で丁々発止の主導権争いが繰り広げられる。
▼このときの日中共同声明については、いまだ日本での評価は分かれる。しかし昨年末公表された外交文書によると、このとき中国側は声明に日本の「軍国主義復活」への懸念を盛り込むよう、執拗(しつよう)に求めた。これに対し田中が「それなら日本に帰る」と反発し、免れたという。
▼今、日本の国防を担う田中直紀防衛相に義父のそんな胆力を求めるのは無理かもしれない。アンパンひとつから相手の思惑を見抜く外交センスを持てというのもかなわぬことだろう。それにしても防衛相としては、あまりにその資質に欠けている。
▼国会の予算委員会を抜け出しコーヒーを飲んでいたのは、まだ謝ればいい。だが在日米軍の再編協議の内容をほとんど把握していないというのはそれではすまない。日本の安全保障に直結することだからだ。その自覚のなさにはあきれるしかない。
▼直紀氏は義父との違いを聞かれ「父は国会論戦の名手として有名だった」と答えた。まるで「私は口べたなので」と弁解しているようにも聞こえる。もっと学ぶべきことは多かったはずだと言いたいが、それも無理な注文のようだ。
勘弁してくれ~~

shimomo
shino
yumirou
投稿日 2012-02-08 12:49
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どうしようもない…。
投稿日 2012-02-08 22:37
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いやはや情けないことです@@