年の終わりに思う事
相も変わらず娘とはやり合っている事が多いけれど、その娘も私には報告したい事、聞いてもらいたい事がまだまだあるらしい。。。
そのうち、側にさえ近寄らなくなる日も毎日顔を会わす日も無くなるであろう
日を思うと喧嘩に明け暮れたり、苛立っては怒ったりしている今が
きっとずっといいのだろうと漠然と思う今日この頃。
彼女が私に言いたい事の1つが友達やネット、街中なんかで耳にした歌のこと。
「ママ〜今日ねぇ〜友達に教えてもらったんじゃけどね、
この曲まじで泣けるけぇ〜」
と半分寝かかっている私の横で流してくれた一曲は朦朧として眠気に
支配された頭には無理があり、「ごめん明日の朝聞くわ〜」と一旦スルー。
次の日早朝の日課で開けたパソコンに残されたyoutubeの画面で初めて
夜の事を思い出し、早速クリックして聞いてみる。
「トイレの神様」
って、なんだ稲川淳二系の話しかと思ってけど違うのか‥‥等と思いつつ
流れて来る曲を聴いていたら、不覚にも朝から号泣してしまった。
隣に娘が居なくてよかったと思いつつ、止めどなく流れる涙を当分押さえられずティッシュペーパー片手においおいと泣いた。
この曲に共感する人はきっとおばあちゃんと言う対象だけではなく家族の誰か
または身近な人に対して何かしら心のどこかに後悔や無念に思う一念があり、
自分を咎める気持ちがあるかもなと思う。
亡くなる三日前、入院していたおばあちゃんに会いに行った時、帰ろうとする私に「波ちゃんありがとう」と言うおばあちゃんに、お別れする様で嫌だった私は
あしらうようにして部屋を出たのが最後のお別れになってしまった事、
冬の終わりの木漏れ日が溢れる公園を車いすを押しながら散歩し、固い蕾を
見上げながら花が咲く頃また一緒に見ようねと約束したのに果たせなかった事、
本当は時間があったのにきっとまだ死なないと会いに行かなかった事、
上げれば切りがない色んな想い。
心の奥底に閉じ込めていた「こうすればよかった」一杯の想いが久しぶりに一気に溢れ出し忘れかけていた祖母への思いで胸が熱くなった。
ふと気づくとおばあちゃんが逝って10年経つのだと思うと同時に、初めてこの歌を聴きながらきっとおばあちゃんは幸せに逝く事が出来たのかなと感じる事が出来る自分に気づいていた。
ありがとうと言ったおばあちゃんの最後の笑顔は、いつも必ず私を温かい笑顔に
してくれるし、きっときっと、おばあちゃん幸せだったよね?
そんな風に初めて思える事に私も人生の折り返し地点を通り過ぎたのかな等と思う。折り返しの岐路を過ぎて、人生の裏側からの視点が見える歳になったのかなと。。。
なーんて‥‥‥‥‥
本当の所はよく分からないけれど、この一ヶ月程そんな事を考えていました。
あと数日で今年も終わりですね。。。
来年はどんな年になるのでしょう‥‥‥
今年も一年おつきあい頂きありがとうございました。
不安と期待を抱きつつ、皆様どうぞ良いお年を。。。
投稿日 2011-05-11 15:22
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投稿日 2011-05-18 20:54
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