マーガレットコスモスは、南アフリカに自生する常緑性の亜低木。 フランスギクとキバナコスモスが合わさった名前が付けられている。 夏から秋に開花。暑さにも、寒さにも強い。森林の端等でよく見かける。 茂み(bush)を好む??英語圏ではアフリカン・ブッシュ・デイジーと呼ばれる。 花期になると茎の頂部の葉の付け根から、長い花茎を伸ばし、 花径3~4㎝程の花を一斉に咲かせ、そして枯れるを花期の間繰り返す。 よく似た花にユリオプスデージーがあるが、葉色(態)で見分けることが出来る。 ユリオプスデージーは葉に細かい毛が密集していて白味がかって見える。 対してマーガレットコスモスの葉は、毛がなく緑葉。 * * * * * 《時節感慨・・呟記・・“秋分の日”》 秋の彼岸(秋彼岸または後の彼岸と言う)に先祖の霊を敬い墓参りをする。 僕には、墓参りよりも、ぼた餅、団子、海苔巻き、いなり寿司を食す日であった。 祖先を敬い仏壇に供え、それを食す事で安寧を頂く、って思ってきた。 彼岸とは、仏教用語。梵語(ぼんご)の波羅蜜多(はらみつた)を漢訳したもの。 「到彼岸(とうひがん)」のことだ。 煩悩に満ちた世界「此岸(しがん)この世」から解脱した悟りの世界(「彼岸」あの世)へ。 極楽浄土、亡くなった先祖たちの霊が住む世界を「彼岸」と考え「彼岸の墓参り」。 又、真西に沈む日(秋分の日)、夕日が極楽浄土への道「白道(びゃくどう)」、 仏の示してくれたこの白道を信じて進めば必ず極楽浄土に至ると言う信仰である。 仏教では、「中道」の精神を昼夜を二分する、この点で春分の日・秋分の日とされる。 秋分の日を「自然をたたえ、生物をいつくしむ」と「祖先をうやまい、無くなった人々をしのぶ」、 戦前は、「秋季皇霊祭」という祭日だった。皇室内の「もと仏式行事」が神事化した祭日。 この季節、収穫の時期、作物を育てる太陽と自分たちを守る祖先神への信仰等々、 収穫に感謝して供え物をしたことが原型なのか。梵語の[bhukta (飯)]+[mridu(柔らかい)]が、 「ぼた+もち」となって定着したのだと言われている。 ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「御萩」。これで春・秋なのか?? 近在の和菓子屋さんで、大判大のぼたもちを作られていた。 その和菓子屋さん、しばらく前に閉店してしまった。お彼岸になると食べたくなる。 秋も深まりつつある。自然界は、正直だ。人間界もかくありたい、と思う昨今である。