産まれてきて死ぬまで、物心ついてから毎年のように桜が咲くのをこの目で見て、平均寿命まで過ごせたとしても、たった100回の桜を見ることは叶わない。 毎年毎年、やれ花見だ酒だ、と仲間で楽しく時間を過ごしていたけど、あの一回の花見はとても大切な一回だったんだな。 明日、どうなるかなんて誰にも分からない。 毎回、焼松阪牛の肉を一緒に食べるために鈴鹿のレースへ参戦する友人が言っていた。「明日どうなるのか分かんねぇのに、不味いモン喰ってる時間は無ぇすよ!」 ネタで話す内容だけど、いやいや、実際その通りだよ。 貴重な時間を大切にしよう。 何を食べるかも大切だけど、誰と過ごすのかをもっと考えよう。 来年もこの桜を見ながら語らう事が出来るのかなぞ、誰にも分からない。