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「お母さんのせい」と思わないで

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「お母さんのせい」と思わないで
今日は、 お母さんたちへ愛をこめて。

「毎日おつかれ様。そしてありがとう。どんなに傷つく事を言っても、どんなにとんでもない事をしても、いつでも側にいてくれて、いつでも愛してくれてありがとう。」

子供にとって親の存在は大きいです。
その中でも、お母さんへの期待度や注文というのは、お父さんへのそれより大きい気もします。
メンタルの本でも「母との関係がトラウマ」みたいなことが書いている本も結構あります。

子供が問題行動を起こしときに、「 甘やかしているから」「 躾の仕方が良くないから」と言われた経験のあるお母さんに沢山出会いました。
そうでなくても、色々と周りから「より良い方法」をアドバイスされるお母さんは多いようです。
納得するときも、役に立つときもあるかと思いますが、「私の立場もしらないのに。」と思う事も多いのではないでしょうか?
そういう私も、三つ子の母には絶対不可能な「アドバイス」をもらうたびに、困惑したのを覚えています。

傍からは、お母さんがちゃんとやっていないように映るときでも、実はお母さん本人も悩みながら、色々試行錯誤して頑張っていたりします。同じ親を持っていても、全ての子供が同じ問題を起こす訳でもありません。

私も、「お母さんのせい」と言われるのを 経験しました。

うちの子供達は三つ子です。
同じ日に生まれて、同じ親で、同じ環境で育ってきました。途中までは習い事も友達も同じ。
そろそろ15歳になりますが、違う親に育てられたかのように、全員かなり性格が違います。同じ様なチャレンジに遭遇しても、それに対する反応も、対処法も違います。

10人子供がいれば、10人違う個性。
才能だって苦手な事だって、それぞれ違います。

お母さんだって、十人十色。そのお母さんにとって、育てるのが楽な子もいれば、大変な子もいます。

「お母さんのせい」にしていても、お母さんにとっても、子供にとっても前向きに問題が解決しそうにありません。

そんな周りからの言葉に疲れたお母さん達に、つい自分を責めがちなお母さん達に、「お母さんだけのせいじゃない。いつもありがとう。とっても頑張っているよね。」の言葉を送りたいです。

そして、たまには、無理しないで、自分を大事にして、誰かに助けてもらって下さいね。

今日の質問
「自分のどこを褒めてあげますか?」
#NotYourFault #お母さんのせい #子育て

ワオ!と言っているユーザー

親と違ってもいい

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昨年の今頃ブログを書いて以来です。
また夏になりました。皆さんの一年は如何でしたか?

この一年は、思春期まっただ中のティーンの親として、
カウンセラーやサイコロジストと呼ばれる、
メンタルヘルスを専門とするプロ の仕事に接する機会が沢山ありました。
(かなり大変な一年でしたが、色々な経験をすることで、
いくつになっても精神的に成長できるものだな〜。と実感しました。)

どんな仕事でもそうですが、色々なやり方、スキルのレベルがあります。
相手の話を「聞く力」、特に「問いかける力」の差によって、
アウトカムに大きな差がでるのを目の当たりにしてきました。

「聞く力」
これは、話し手の心を開いて、 自由に話をしてもらう力です。
ジャッジをせずに聞くことによって、話し手が安心して
自分の気持ちを伝える事ができます。
話し手は「話す」という作業によって、自分の気持ちが分かったり、
自分の気持ちが整理できたりします。
ジャッジされない事によって、自分を責めるのをやめ、
ありのままの自分を認める作業の手助けとなります。

次に大事なのが、「問いかける力」=「質問力」。
ありのままの自分を認めるのは大事ですが、下手すると、
自分を責めることを相手や環境を責める事にすり替えて、
そこで止まってしまう事がある様に思います。

相手や環境を変える事はほぼ無理なので、この段階で止まってしまうと、
解決方法や、出口が見えてこなくなってしまいます。

いつまでも相手の出方によって
自分の気持ちや人生が左右されてしまうことになります。

カウンセラーやセラピストの問いかけが上手だと、
自分の答えや、自分がどんな答えを探したいのか、が見えてきます。

人は、育った環境以外にも、生まれ持った性格があります。
同じ出来事でも、感じ方や受け止め方が違うので、
万人にとって「正しい答え」を提供するのは
親にとってもカウンセラーにとっても不可能です。
なので、最終的な問題の解決には
「自分の答えを見つけてもらう」ことしかありません。

自分で答えを出す
=自分の決断に責任を持つ
=自分の人生を自分でコントロールする。
そうすることで、初めてやる気や自信につながって行くように思います。

子供は思春期でも、「親に認めてもらう」
という事を親が思う以上に気にしています。
私たちは、普段から知らず知らずのうちに
自分たちのジャッジメントにもとづいて気軽に会話をしています。
そして、自分たちのジャッジメント=唯一の正解と思いがちです。
子供達は、親の意見が自分と違うと、ジャッジされるのではないか、
と自分の気持ちや意見を伝えなくなることもあります。

子供にとって「自分の答え」を持っても良い、と親から言われるのは、
実はとっても安心する勇気づけられる事だと思います。

問いかけは、尋問や誘導質問では逆効果なので、
ちょっと難しいかもしれませんが、
「どんな答えをだしてもOK」をモットーに、
質問、そして答えを楽しんでみてください。

では、良い独立記念日を!

<今日聞いた面白い答えはなんですか?>
#子育て #思春期

ワオ!と言っているユーザー

自分できめられることは?

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曇り空の独立記念日でしたが、いかがでしたか?

気がつくと、一年くらいブログのアップをしていないということです。

昨年から我が家では、めったにない出来事が沢山おこり、
色々とクリエイティブに乗り越えないとならないことが続きました。

自分で回避できること、できない出来事がありますよね。
選択の余地がないとコントロールを失ってしまった感じで自分が無力な気がしますが、
それを、どうやって受け取るか、それは自分で決めることができます。

それがどんな小さなことでも、自分で決める。自分で、自分の答えを出す。
その第一歩、小さいことでもコントールできるところを見つけられるだけで、
随分勇気がでることがあります。

アメリカでは Silver Lining という言葉があります。日本語でいう苦境のなかでの小さい希望の光。

よく、目をこらしてみると、自分でも気づかなかった形で、Silver Lining が見つかるかもしれません。

そしてそれが、いつか前よりもずっと輝く、大きな光になるかもしれません。

今日の質問
<自分で決められることはなんですか?>

ワオ!と言っているユーザー

七夕です。願い事は何ですか?

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今日は七夕です。
雨の心配もなさそうです。

大人になった今でも、結構真面目に七夕のお願いごとをします。

子供の頃、我が家は特に何もしない家庭でしたが、
私は小学校4年生くらいから、一人でこっそりやっています。

学校での七夕行事では、恥ずかしいので適当な事しかかきません。
でも、家ではお願いごとを折り紙に書いて、
鶴にして裏戸にある笹に吊るしていました。
(誰にも見られません。笑。)

そして不思議な事に、そのお願いごとはちゃんとかなったりします。

あまりにも無謀で100%無理そうな事を夢に描く事はあまりないように思います。
心から夢に描く事は、可能性が(少しでも)ある事のようです。

心に思い描いた事を、紙に書いてみる。
それでいっそう夢のイメージが固まります。

脳は、想像と現実の区別が上手くありません。

いつの間にか、脳が夢をかなえる選択をしてくれているのかもしれません。

今日も、子供達と願いごとを書いてみようと思います。
(子供達の願いごとも、ちゃんとかなっている様です。)

<七夕です。願い事はなんですか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

ちびっこ達が師匠

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週に一度、元気な可愛いちびっ子達に日本語を教えてます。

ちびっ子達から、本当に色々な事を学びます。
ちびっ子達の心はいつも100%元気に活動しています。
嬉しい時も100%、悲しい時も100%、怒った時も100%
だから、毎回感動が一杯です。

子育て本は何百冊と巷で売られています。
読めば「なるほど〜」と思う事も、「あるある〜」と思う事もありますが、
それでも「子供が100人いたら、100通りのやり方があって正解」とも思います。
何が答えなのかは、そのちびっ子達本人から教えてもらう毎日です。
なので、私の子育ての師匠は、ちびっ子達です。

お母さんだから、正しく指導しないと。
私のしつけの理念はこうだから、子供にはこうなってもらわないと。
親だから、失敗できないし。
親だから答えがないと。
母の私がこうじゃないと、子供が可哀想だから。

そう思うと、子育てがちょっと怖いですよね。

仕事に置き換えてみると、、、、。

上司だから、完璧じゃないと。
上司だから答えを知ってないと。
上司の私のやり方はこう。だから社員の皆には従ってもらわないと。
上司の私が答えを持っていないと。

これも結構きついです。(上司もきついけど、部下もきつい。)
色々な上司に会いましたが、完璧な上司は一人もいなかったし、
全て答えをしっている上司も一人もいませんでした。
でも、どんな上司で私が一番伸びたかというと、、、。
私が「自分の答え」を見つけるのに協力、応援してくれた上司でした。

16歳のころからちびっ子を教えはじめ、ジェネレーションを通して思うこと。

「ちびっ子達はとにかく凄い」

大人だったら、なかなか変えられないことを、5秒で変える事ができるのです。
これは、まさに天才的です。

そのコツは、「答えや、やる理由を自分で考えてもらうこと。」

「ここの問題、やって下さいね〜。」
「え〜、嫌だ。どうしてやらないといけないの?」

「どうしてだと思う?」

その一言で、子供達は「はっ」とします。

嫌だというのは、本当にやりたくなのかもしれないし、只の口癖かもしれません。

でも、「理由」を聞かれる、というのは予期していないのです。
この瞬間ほぼ100%「我がまま気分」がすっと消えます。

ちびっこの凄い所は、ちゃんと答えようとする所。

まだまだ小さいので(3〜5歳)常識でいうと、その答えが正しいのか、正しくないのか、
それを言うと怒られるのか、怒られないのか、
それは、親や先生の期待している答えなのか、
そんな事はあまり考えません。

「ママがやったら偉いっていうから?」
「お勉強、ママがしてっていったから?」
「できるようになるから?」
「学校だから?」
「やったら公園いけるから?」

色々な答えがでてきます。

どの答えも正解。本当の気持ちです。

「ママがお勉強しないとっていったから。」
「じゃ、お勉強したらどんな良い事がある?」
「ママが喜ぶ。」
「ママが喜ぶとどんな良い事がある?」
「公園に行くんだよ。」
「あ、それは楽しみだねえ。じゃ、いまこれやっちゃって楽しく公園に行ける様にしようか?」

本当はママに言われてやる。ママを喜ばせるため。
が理想の答えじゃないかもしれません。
でも、それも否定しないで聞いていると、本当に魔法の様に、またやりはじめます。
しかも、自分の答えを言った後は、なんだか満足してやる気がでるようです。

やった後は、「頑張ったなあ。」という達成感が生まれます。

「先生、凄い?」
「ほんとだ、凄いね。どんどん出来る様になっちゃうね。」

笑顔が一杯になります。

今日の質問
<子供から何を学びますか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

答えは一つじゃなくてもいい。

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学校での算数の授業では、たいがい答えは一つです。
国語なんかにしても、答えは一つだったりします。

学校にも家にも会社にも沢山の規則があります。

私は美大で教えているのですが、
その卒業作品の作り方にまで、ものすごい沢山規則があります。
そんな規則がどうしてできてしまうかというと、
規則やルールがないと、答えを出せない生徒がいるからなのです。
また、ある生徒は成績を心配しすぎて、ガイドラインをほしがります。

答えは一つ。
しかも他からあたえられたものだとすると、
窮屈である反面、とても安心なのかもしれません。

今日ラジオで、小学校のカリキュラムに「森の授業」を導入した州の話しがありました。(すでにワシントン州では導入されている所もあるようです。)

「森の授業」では普段クラスで席についている事さえ出来ない生徒、
テストのスコアが思わしくない生徒が、どんどん自分で発見をして、
問題を独創的に解決する姿が見られるそうです。

反対に、学校の成績も良く、いままでチャレンジにぶちあった事のない生徒が、はじめてのチャレンジにとまどったりする姿もあったそうです。

そして「森の授業」から帰ってきた生徒たちの顔は
とても活き活きとして健康的で幸せそうだったそうです。
テストのスコアをあげるのと同じくらい、こういう授業が大事だ。
という話しでした。

正解は一つじゃないよ。

そう言ってもらえたら、人と自分の答えが違っても不安じゃない。
人の答えに合わせようと無理しなくてもいい。
人と答えが違っても、人を傷つける事にもならない。

そんな中から、クリエイティビティや、新しいアイディア、
解決法がみつかりそうです。

そして、自分のとは違う、他の人の正解を受け入れられると、
人を許す事もできるし、自分とは違う価値観を受け入れる事もできる。
そうやって世界が広がるかもしれません。

今日の質問 <他に答えはないだろうか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

明けない夜はない

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その人に乗り越えられない試練は来ない。

そんな事を時々耳にします。

そんな事を聞くたびに、
「じゃあ、戦争で死んで行く子は?その親は?」

どんなに考えても乗り越えられない試練ってあるんじゃないか。
と、思ってしまう自分がいました。

どんなに誠意をもってしても、心をこめてやった事でも、
自分の意図は伝わらず、思いがけない非難をされる事があります。
そして、言い訳すら出来ない状況に追い込まれる事があったりします。
そんな時、皆さんならどうしますか?

人の考え方は色々です。
一つの事実をどう見るかも、その人の主観です。
なので、自分の気持ちを相手がそのまま理解してくれるとは限りません。
そんな時、皆さんはどうしますか?

私は、基本的に人が好きです。
出会う人も、ご縁があって出会わせてもらった。
と思うので、大事にしたいと思います。

そして、私はわりと暢気です。
基本的に人を信じているので、相手を疑う事はほとんど皆無です。
そういうと聞こえは良いですが、この性格のため、
物事が上手く行く様に細々と計算するのが苦手でもあります。

そんな訳で、周りの人に感謝しながら生きていても、
相手を怒らせてしまう事もあります。
そういう時が、人生で辛い時でもあります。
そして、幸か不幸か「言い訳をしてはいけない」と育てられてきたので、
言い訳も苦手です。

そんな時に、ふっと心に浮かんだ自分への質問。
「今の私を前に進めてくれる言葉は何ですか?」

そしてふっと思い浮かんだ言葉。
「その人に乗り越えられない試練は来ない。」

そして、マツダミヒロ氏よりの質問
「美しくあるためには?」

これはオードリー・ヘップバーンの名言からヒントを得た質問です。

そして、これがかの女が残した名言。
「美しい瞳が欲しいなら、人の良い所を探しなさい。美しい唇が欲しいなら、美しい言葉だけを話しなさい。」

最後に、魔法の質問認定講師の仲間の一人の言葉。
「人生はディズニーランド」
「ホーンテッドマンション」でヒヤッとしたり
「ビッグサンダーマウンテン」でズンズンズンと上がっていく時に
ワクワクドキドキしたり 
ドドドーーーッと落ちて行く瞬間に「キャーーーーーー!」と叫んでみたり
生きていれば、いろいろあるけど、その時々で今の自分の状況を
「今はディズニーランドのどのアトラクションを楽しんでいるのかな!?」
と置き換えてみるとなんだか楽しく思えませんか。

自分の意志に反してとても辛い子供時代をおくった彼女からの、
素敵な言葉のプレゼントでした。

<今のあなたを前に進めてくれる言葉はなんですか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

不思議な出来事

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去年のクリスマスに母からeメールがきました。
妹(私の)に遺言レターを書いたから、そのコピーを私にも郵送したとの事でした。
けれど、その手紙が私の手元に届く事はありませんでした。

母と妹は結構情熱的な性格で、お互いぶつかる事も多いのです。
親子なので、相手に対する期待も大きく、感情的になりがちです。
母も年をとり、さすがに続く喧嘩にも疲れたし、人生の残りもそんなに長い訳でもない。
「母からの最後のメッセージ」という事で、妹へ遺言らしき手紙を書いたとの事でした。

今年に入ってから、色々なことがありました。
自分で決めた事もあるし、自分の意志とは関係なく起こったこともあります。
試行錯誤の一年です。
嬉しいこと、幸せな事もある反面、悲しい事、辛い事、悔しいこともあります。

そんな中、先週、その行方不明になっていた母からの遺言もどきの手紙(のコピー)が、5ヶ月ぶりに到着しました。
5ヶ月間、どこをさまよっていたのでしょう。

手紙の内容は、母が私くらいの年齢の時に過ごした日々の諸々の出来事でした。
40代の母の悩み、失敗、闘病生活、そして離婚。
あのころ、20歳前後の私は色々と話しを聞いていたつもりだったけれど、母が語らなかった事も沢山あったようです。

40代の母の気持ちを、40代になってやっと理解できるようになったかもしれません。
40代の母の話しは、辛いものばかりだったけれど、
今の私への「元気がでる応援メッセージ」になりました。

その時20歳前後の私。
母の事を100%サポートしながらも、心の中で母を怒っていたかもしれません。
でも、母もあの時、今の私のように、試行錯誤で頑張っていたんですよね。
きっと。
母親だって、試行錯誤でいい。
そんな風に思えます。

母のことを同じがんばったお母さんとして受け入れる事で、自分にもちょっと甘くなれた気がします。

5ヶ月間迷子になっていた母の遺言。
12月に届いていたら、「何でこんなもの送るのかしら。」と憤慨したかもしれません。
ちゃんと理由があっての迷子だったんですね。
母から疲れていた私への不思議なプレゼントでした。

母はいつまでたっても母。
そして、時間を超えながら、子供へメッセージを伝えてくれます。

もうすぐ、母の日。
自分自身の母親業で忙しく、つい忘れがちで、本当に遠くにいる母だけれど、
今年は、ちゃんと感謝の気持ちを心をこめて伝えたいな。と思いました。

<母の日。どんな感謝を伝えますか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

「育自分」休暇

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だんだんと暖かい日が増えてきました。
昨日は太陽の光で海がキラキラしていてとても奇麗でした。

仕事が溜まっていたりすると、休憩で外に出るもの面倒です。
「15分くらい、外にでようよ。」
「え、でもその15分があったら、これ終らせられるよ。」
「じゃ、10分でいいから。」
隣の席の同僚が、むりやり外に引っ張りだしてくれました。
10分程の散歩。
とっても気持ちが良くて、出てきてよかったなあ。

仕事に責任はあります。
でも、10分の休みもとらない意味はどこにあるんだろう?

つい、目の前の責任に集中して、今の一瞬、一瞬が重なって人生、ということを忘れがちになります。

何かが上手く行ってない時は、今の瞬間や、今自分のいる周りの景色も目に入らなかったりします。

昨日の友人からのメール。
50代の彼女と60才になるご主人。
これから一年間、アジア中を家族で旅しながら過ごします。のお知らせでした。
彼らには12歳と14歳の娘がいます。
2人とも仕事をやめ、ホームスクーリングをしながらの1年です。
「この地球上に存在できる時間は短いから。 その短い時間をどうやって使うかを考えての決断。もちろん崖から飛び降りる様な勇気がいる決断だったけれど、自分と家族にとって、これは大事な時間になるから。」

ご主人は某会社の重役でした。
家族はご主人の仕事に合わせてジョーダンで数年くらしています。
彼女はジョーダンで女性の地位向上のための活動をしていました。
ジョーダンでは女性の人生の選択肢は限られています。
そんなジョーダンでの生活を送っていると、人生の見方も、人生の時間についての感覚もかわるのかもしれません。

昨日の朝日新聞デジタルの記事。
「 サイボウズ 育児ならぬ「育自分」休暇 」
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11727690.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11727690

育児休暇と同様に、自分を育てる「育自分」休暇をくれます。
最長6年。
いつでも会社にもどってこられるパスポートつきです。
「育自分」休暇中は、給料はもらえませんが、自分を育てるために何をしてもOK。
しかも報告の義務はありません。

この地球上にいられる間に、自分は何がしたいのか。何ができるのか。
そんな事を考えながら生きる、そんな生き方を会社が応援してくれる。
しかもその会社、とても成功しています。

小さい頃は大きくなってからの夢が良く変わったものです。
うちの子もそうです。
夢が変わるたびに、ワクワクしながら、周りに話してくれます。
小さい頃は、大人もニコニコしてそれを聞いてくれる。
大人になっても、それが可能だったら、もっとワクワクする事が増えるのかなあ?

立ち止まって、生きている間にしたい事を考える事。
立ち止まって、何かをリセットする事。
時には大事かもしれません。

<地球上にいるあいだに、やっておきたい事はなんですか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

不思議な力

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1日10分で大丈夫! 「自分から勉強する子」が育つお母さんの習慣」の著者である村上 綾一氏の、あ、それあるある、と思った話し。

「たとえば、“うちの家系は算数が得意なんだよね。”というと、その血が流れていると思うだけで、不思議と子供達はやる気がわいたりするもんなんです。」

全ての結果が「自分の努力次第」となると、結構苦しいです。
人には得意不得意もあるし、その日の調子にもよるし、頑張ったって出来ない時もある。
頑張ってもできないと、よっぽど出来た子で無い限り「私は生まれつき才能ない。」と落ち込んだり、やる気がなくなったり。
自分でがっかりするのが怖いから、初めから努力を放棄したり。

でも、「自分の努力とは別の“力”が味方してくれている。」と思うと、追い風があるみたいで、やる気もでたり、潜在能力も出る気がします。

私も主人もサイエンスフィクションおたくです。
もちろん、小さい頃から2人とも大のサイエンス好き。(デートしたきっかけも、アイザックアシモフの話しだったりします。)
好きな事から始まっているので、科学関係教科はもちろん楽しくて得意でした。
うちでも、ふだんからサイエンス(フィクション?)の話しで盛り上がります。

うちの三人も「サイエンスお宅の家系」と心から信じているのか、科学のクラスは本当にエンジョイしています。

自分にも「その血」が流れてる>>自分も得意なはず(ある意味の思い込み)>>成績も上がる。

そんな感じです。

また、私は結構「占い」や「おまじない」を自分流に信じてます。
占いの悪い部分は、完全無視。 占いの良い部分だけ「自分の努力とは関係ない別の力が味方してくれる」と信じる事にしています。
そうすると、勇気もでるし、ちょっとのつまずきも「大丈夫、大丈夫。ついてるはずだから。」と乗り越えられます。

おまじないも同じ。
家を出る前に車の中でやるおまじないがあります。
そのおまじないをしたら、一日家族が無事だという決まりを勝手につくっています。
そうすると、心配性の私でも、自分の仕事に集中しやすくなります。
気休めよね、と分かっているけれど、ついやってしまう事、ありますよね。
でも、気が休まる所がポイントな訳です。

同じ理由で、魔女の宅急便の挿入歌に使われた、
松任谷由実の「やさしさに包まれたなら」も好きです。

「小さいころは神様がいて、不思議に夢をかなえてくれた。」

自分以外の不思議な力、子供の頃はこれを信じるのがわりと簡単なのではないでしょうか?
この力を信じることで、沢山の潜在能力を引き延ばす事ができるのでは、と思ったりします。

そんなに強い人間でもない私は、今でもこの「不思議な力」のお世話になっています。

<皆さんの力を発揮する秘策はなんですか?>
#ブログ

ワオ!と言っているユーザー

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