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合氣道練心館 館長所感集

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 合氣道 練心館道場
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基礎ほど難解なものはない

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 前回の続きです。

 たしか前回、
 「合氣道の修行も、主体性を持って、自分のどこをどう直して、どこをどう伸ばして行くべきか、きちんと目標を定めて、真にやる気を出して精進して行けば、いずれは、最初に習った地味な『基礎・基本』の中にこそ、究極の『奥義』が隠されている、という事実を思い知らされる。」
 そんな意味のことを書きました。



 練心館では今、年に二度(6月末と11月末)行われる昇級審査に向けての稽古の真最中です。
 そしてこの時期になると、毎回、しみじみと感慨深く思い知らされるのが、「やっぱり『基礎・基本』=『極意・奥義』なのだなぁ・・・」、ということです。

 そして必ず、そのことを最初に「熱く」教えてくれた、ある先生のことを思い出します。



 その先生というのは、今から30年近く前に代々木ゼミナールの‟個性派”名物英語講師だった、帆糸満(ほいとまん)先生です。

 帆糸満というのは本名ではなく、アメリカの詩人Whitmanから取ったペンネームで、本名は渡部十二郎先生と仰られました。
 この文章を読んで下さっている方の中に、帆糸先生の教え子は居られるでしょうか?
 私も「オクスフォード現代英英辞典(OALD)」片手に悪戦苦闘しました。今となっては本当に懐かしい思い出です。



 帆糸先生の名言として、「基礎ほど難解なものはない!」というのがありました。

 凡そ学問において(それが受験勉強であっても)、「基礎」とか「基本」と呼ばれるものこそが最も奥深く、難解なのである、と。
 しかし、世間では「基礎」や「基本」は簡単なものであるという誤った認識がまかり通っており、そうやって根本的な勘違いをしたまま、簡単であるはずの「基礎」や「基本」で躓いてしまう自分を嘆いたり、失望したり。
 それこそまさに、愚の骨頂である、と。



 今になって考えてみると、自分は、帆糸先生から、自分が思っている以上に大きな影響を受けているのではないか?、と思います。
 受験が終わってから、なぜだか自分でも解らないけれど、唯一、お礼の挨拶に伺ったのも確か帆糸先生だけだったと思います。
 代ゼミの大教室で、向こうはこちらのことなど覚えているわけはないのに・・・、です。



 帆糸先生は剣道家で、戦時中は少年飛行兵として特攻隊の訓練を受けていた、と聞きました。

 そんな先生は、戦争というものを心の底から憎んでおられました。
 一度は「祖国のために命を捧げる」と腹を括った人間が、その後、戦争というものがいかに愚かな行為か、切々と訴えているのを見て、18歳だった自分は、「理由は何だかよく判らないけれど、この人の言葉は真に信用に値する」と感じていました。
 そして、自分のような、戦争の惨禍を身をもって経験せず、戦後の豊かで平和な日本に生まれ育った人間が、口先だけで勇ましいことを言うのは絶対に許されない、それこそが真の「平和ボケ」である、と自分を戒めたのを今でもはっきり覚えています。

 戦後70年経ちました。
 時代の変化とともに国の形も変わって行くのは、致し方ないことなのかも知れません。
 しかし、いつの頃からか、口先だけで勇ましいことを言う、真の「平和ボケ」が、日本中であまりにも増えてきたように感じます。
 今、帆糸先生ならどうお感じになられるか?、とても気になるところです。



 同じように、この日本において、武術・武道の世界でも、徒に、勇ましく「実戦」などという言葉は使用すべきではない、というのが私の個人的な考えです。

 勿論、私は未だかつて、武道の技を「実戦」で使ったことはないし、今後も使いたくもありません。


 思い返せば、過去に、電車の車内暴力を止めたことはありますし、高校教員時代に、生徒指導上必要に迫られて、反抗・抵抗する男子生徒を合氣道技で制して(※飽くまでも無傷で、です!)連行する、といったことはありましたが、そんなものは絶対に「実戦」などと呼べるものではありません。

 「実戦」とは、殺意を持って襲撃してくる「敵」を、こちらも殺意をもって制圧し、止めを刺すことです。あるいは、逆に、こちらが止めを刺される可能性も大きいでしょう。
 アクション映画のように格好のいいものなどでは決してなく、スポーツ格闘技のように痛快なものでもなく、「命の重さ」という大切な「人間の尊厳」を最も踏み躙る、極限まで汚く、恐ろしく、悲しいものです。

 治安の悪い国で活躍されている海外の武術家の中には、本当に「実戦」経験の豊富な方も数多くいらっしゃるようですが、せっかく平和に過ごしている日本人が、そんなものに憧れたりするのも、ある意味、「平和ボケ」だと個人的には思っています。

 「実戦武術」のような、場合によっては、人間性までもを歪め兼ねない殺伐としたものは、できることなら海外の武術家たちに任せておいて、「和」の国で暮らしている我々日本人は、崇高な精神性を重んじる、人間修行の道である「武道」こそを、我が国の誇りとして世界にアピールしていくべきではないでしょうか・・・。



 何だか話がどんどん脱線してしまったようなので、元に戻します。



 帆糸先生は、学問において、「基礎ほど難解なものはない」と仰いましたが、これは武術・武道の修行においてもぴったり当てはまることです。

 さまざまな流派・門派の多くの師範・先生方が、その道の「基礎・基本」と呼ばれる形や鍛練法の中にこそ、究極の「奥義」が隠されている、と仰っています。

 空手では「ナイファンチ」や「サンチン」、あるいは「ピンアン」。八卦掌では「走圏」。意拳では「站椿功」。鹿島神傳直心影流では「法定」。天真正伝香取神道流では「表之太刀」。新陰流の「合撃」や一刀流の「切落し」、薬丸自顕流(野太刀自顕流)の「抜き」と「蜻蛉の構えからの続け打ち」、等々、言い出したら限がありません。



 練心館では、大人の場合、最初の昇級は伍級の審査からです。
 なので、伍級の独習技(一人型)と組技(形)の中にこそ、合氣道の奥義が隠されている、と言えます。

 しかし、より厳密に言えば、合氣道開祖・植芝盛平先生が「合氣道に形はない」と仰っているように、形のない「心身統一と氣の原理」にこそ合氣道の本質があるわけで、具体的な形を持った技の数々は、その本質を宿すための、ある種の「依代」のようなもの、というのが正確なのかも知れません。

 ともあれ、我々合氣道修行者にとって、最初の山であり、最初の壁でもある「基礎・基本」。これがこの先ずっと目の前に立ち塞がる一生のテーマになるであろうことは間違いありません。


 だから、合氣道の昇級を、今時流行りの「ゲームのステージ〇〇をクリアする」というような感覚で捉えては絶対にいけません。

 伍級を取ったら次は肆級、そしてその次は参級、弐級と昇級を目指して行くことになりますが、たとえその後、段位を取ったとしても、それは「級」のステージを完全にクリアした証だ、などという意味では決してありません。


 修行の過程で、伸び悩むというようなことがあったとしたら、それは理由は簡単です。
 「基礎・基本」ができていないからです。


 もしも長い修行の果てに、合氣道の奥義を体得する、というようなことがあるとしたら、それは、「基礎・基本」を揺るぎない完璧なものに仕上げることに成功した、ということだと言えると思います。



 ある意味で、最近は良い時代になりました。
 最近、「Youtube」で色々な合氣道の動画を視ていたら、その中の一つで、藤平光一先生が素晴らしいことを仰っていました。

 曰く、「たくさんの技を覚えるよりも、一つでも二つでも良いですから、本当に心身の理に適った、正しい技を学んでもらいたい。」、と。

#ブログ #合気道 #戦争 #武術 #武道 #特攻隊

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やっているつもりが「やらされて」いないか?

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 今となってはもう二か月前の話になってしまいましたが、例の、4月6日(月)放送のテレビ朝日「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺 3時間スペシャル」の中で、やはり、高野山真言宗、功徳院住職の松島龍戒さんが、心に残る言葉を仰っていました。

 曰く、「修行とは、やらされるものではなく、やりたいと思うもの。やる気を出して、やりたいと思わなければ、5年やろうが10年やろうがあまり身にはならない。(そうやって修行を)究めていく事で、やがては道端に咲いている草花からも、ありがたい仏様の教えを感じ取れるようになろうとする。これが修行の心である。」と。



 合氣道の修行も全く一緒であります。

 先ずはやる気を出して、主体性を持って、稽古の中で自らの課題を克服して行かなければ、5年やっても10年やっても身にはなりません。
 そして修行を究めて行けば、実は一番最初に習った、基礎・基本と呼ばれる、一見地味なものの中にこそ、求めていた合氣道の極意・奥義が見て取れるようになってくる、そういうものです。



 しかし、最近つくづく考えさせられたのは、現代人は、自分ではやる気を出して主体性を持ってやっているつもりでも、実際は、「やらされている感」が染み付いてしまっていて、単なる「やっつけ仕事」「ルーティンワーク」でやっていることが多くないだろうか?、ということです。
 
 私自身も含めて、大人も子どもも、もう一度、自身を疑ってみるべきではないだろうか?、そんなふうに思うのです。



 私たちのような多くの現代人は、子どもの頃から、学校の時間割に代表されるような、きっちりとスケジュールを組まれた中で、管理され、その中で常に点数を付けられ、競争させられてきました。
 大人になってからも、余程の自由人でもない限り、常にスケジュールに管理され、場合によってはノルマを課せられ、競争にさらされているのではないかと思います。


 今更ながら、「現代人は少し忙し過ぎるのではないか?・・・」と思ってしまいます。


 それは、実質的に過去に比べて労働時間がどうこう、という問題ではありません。
 現代社会は、世の中のあらゆるものが高度にシステム化され、情報過多になり、純粋に「今」という時間を味わって生きようにも雑音ばかりが騒がしく、真に無心になって、心を研ぎ澄まし、何かに集中するということが、本当にやり難い時代になってしまったのではないか、ということです。



 何年か前に、学習塾のテレビCMで「やる気スイッチ」なる言葉が流行っていました。

 人間にとっての本当の「やる気スイッチ」は、本来、管理されたスケジュール通りに進むことや、ノルマを達成すること、競争に勝つこと、とは関わりのない所で入るものだと思います。
 それは時に人間を、寝食を忘れて没頭させたり、誰にも認めてもらえなくても、「好きだから」という理由だけで夢中にさせたりするものだからです。

 内田樹先生がよく、「利益誘導では人間の持つ最高のパフォーマンスは引き出せない」と仰っていますが、残念ながら現代社会では、「勝つため」「得するため」「儲けるため」みたいな動機付けがもはや常套手段になってしまっています。
 これでは、人間の魂の底から湧き出る「やる気スイッチ」は、決して作動することはないのかも知れません。



 ところで、合氣道のような武道の形稽古で、どんどん実力が向上し、伸びていくということは、一体どういうことでしょうか?

 それは、今まで何百回何千回と繰り返し、これからも限りなく繰り返していく「形」が、外形はほとんどそのままでも、中身が質的に変化していく、ということだと言えます。
 そしてこの場合の「中身の質」というのを、より具体的に言えば、「心身統一と氣の原理」ということになります。


 この「質的な変化」は螺旋階段のイメージに例えることができます。

 螺旋階段は、真上(或いは真下)から(2次元的に)見れば、同じ場所をぐるぐる回っているだけです。
 人によっては、「何十年も同じ『形』を繰り返すだけで、全く進歩がない」とか、「もっとたくさんの技を習えるようにしてくれなきゃ面白くない」などと言うかも知れません。実際のところ、忙しい現代人で、武術・武道の本質が解っていない人(※我々の世界では「テクニックのコレクター」と揶揄されます)ほど決まってそう言います。
 しかし、横から(3次元的に)見ることができれば、常に向上し続けており、長年稽古を積み重ねれば、遥か上に到達していることが判るのです。

 よく、武道の形を、初めはゆっくりしかできなかったものが、すらすらスピーディーにできるようになったから実力が向上した、と考える方がいらっしゃいますが、それは全くの見当違いです。
 どんなに物理的に速く動けるようになっても、中身の質的変化がないようなら、残念ながら全く進歩していないのです。



 話を元に戻しましょう。

 私たちが、常に新鮮な気持ちで、やる気を持って修行を続けられるようになるためには、できれば「中身の質的変化」、つまりは「自身の成長」が自身できちんと判るようになることが望ましいのです。

 これが、確かに現代人には難しいのかも知れません。
 しかし、ちょっとした発想の転換が、取っ掛かりやヒントになるのではないかと考えます。

 要は、「目に見えるものや分かりやすいものばかりに囚われない」ということだと思います。

 まずは「心身統一と氣の原理」を学ぶための稽古である、ということを忘れずに念頭に置き、心を研ぎ澄まし、感性・感覚を研ぎ澄まし、形稽古の「形」を存分に味わうようにすれば、だんだんと技の「味」が判ってきます。
 かつて、この「味」を、技には技それぞれ固有の「心」があるのだと表現された師範もいらっしゃいました。
 「味」が判ってきたら、後はいかにしてこの「味」を洗練させていくか、その方向で稽古して行けば良いと思います。



 絶対に、焦ったり、目に見える分かりやすい成果を急いではいけません。
 そうすると、必ずと言っていい程、目に見える分かりやすい成果と直接的に関係のなさそうな所(※本来関係のない所など存在しないのだが)を、いかに楽して手を抜くか、という考えが湧き起こってきます。
 そうなってしまったら、稽古・修行はいつの間にか課されたノルマをいかにして効率良くこなしていくか、というただの「やっつけ仕事」「ルーティンワーク」になってしまいます。

 これではまさに、「やらされている」だけです。
#ブログ #合気道 #武術 #武道

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ありのままの自分には努力して「なる」もの

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 哲学者の鷲田清一先生は、現在、京都市立芸術大学の学長をされているそうですが、今年の入学式の「学長式辞」をたまたまネット上で知り、その中に、非常に心に残る言葉を見付けました。

 鷲田先生は、京都市立芸術大学卒業生で、現代美術家として世界的に活躍されている「やなぎみわ」さんの言葉を引用してお話されていました。


 「『経験から学ぶことは大切です。でもそれでは小さすぎるんです。』
 みなさんは難関を突破してこの芸大に入ってこられたのですから、すでにある技を身につけ、個性的なセンスやスタイルをいくぶんかは持っておられることでしょう。それをさらに磨くために入学されたわけですが、やなぎさんが言おうとされているのは、自分がこれまで育んできた個性らしきものに閉じこもるな、ということです。」


 自分が「個性」という言葉に疑念を持ち始めたのは、今から二十数年前、大学で教職課程の授業を聴き始めた頃からでした。

 当時、いわゆる「ゆとり教育」の全盛期で、詳細はもう忘れてしまいましたが、その頃の第〇次中央教育審議会(中教審)答申や第〇次臨時教育審議会(臨教審)答申などの文章を読むと、「個性」を尊重し、「個性」を涵養し、「個性」を育み、「個性」を伸ばし、「個性」を磨き上げ、「個性」を輝かせ、といった具合に「個性」「個性」のオンパレードで、高度経済成長真っ只中に生まれ、たっぷり「個性」を尊重されて育ってきた20代の若者だった自分でも、「これはちょっとおかしいんじゃないのか?」「これは絶対に間違っているんじゃないのか?」という感想を抱きました。

 それはまるで、「個性」こそが全てだ!、「個性」の無い奴は人間じゃない!、「個性」の無い奴はゴミだ死ね!、とでも言わんばかりの勢いで、「個性」のために却って人間が生き辛くなってしまうのでは、と真面目に考えさせられました。

 いつの頃からか、それが「学力」「学力」にとって代わり、今度は「愛国心」などと騒ぎ立てられ、振り回される教育現場はいつも大変です。

 
 私自身、後に学校教育の現場に立つことになり、多くの素晴らしい生徒達に出会うことが出来ましたが、一方で、残念ながら「個性」を履き違えている子どもたちも、ちらほら見られました。

 そういった子どもたちの主張を要約すると、
 「自分は努力が苦手という『個性』を持って生れてきたんだ!。なのに先生は、親は、社会は、何で自分に努力を強いるんだ!。『個性』尊重が大切なのに、先生は、親は、社会は、間違っている!。」
 あるいは、「自分は我慢が苦手という『個性』を持って生まれてきたのに、先生も親も社会もみな自分に我慢を強いる。我慢が苦手という自分の『個性』はどうしてくれるんだ!。先生も親も社会もみな間違っている!。」
 といった具合です。



 ところで、昨年、『アナと雪の女王』が大ヒットし主題歌の「Let It Go~ありのままで~」が至る所で流れていました。
 しかし、かの美輪明宏さんはその歌詞に対して、大層ご立腹の様子でした。

 美輪さん曰く、
 「ありのままで」という歌詞が好きじゃない。何て怠け者で図々しいんだろうかと思う。「ありのままの私を受け入れて欲しい」というのは、「泥の付いた畑の大根をそのまま喰え」と言っているのと同じで、図々しいにも程があり、甚だ迷惑なことだ。
 人間は、誰かに受け入れてもらいたいと思うならば、まず泥を洗い落として、色々と工夫を凝らして料理する、つまり、努力をして自分を磨かなくてはならないのだ、と。


 「 なるほど・・・」と思って改めて「Let It Go~ありのままで~」を聴いてみると、意外や意外、実はこの歌、美輪さんが仰る程そんなに悪い歌でもないのではないか?、いやむしろ、自分のような立場の人間が聴けば、武術・武道修行の神髄が歌われている曲、といっても過言ではない・・・のではないか?、英語の原曲では本当はどういったニュアンスなんだろうか?、とまで思われてきたのですから驚きです。
 自分としても、単に、松たか子さんの美しい歌声に惹かれただけでは決してないと思います。

 「Let It Go~ありのままで~」では、このままじゃ駄目だ!、自分は変わるんだ!、そして、ありのままの自分に「なる」んだ!、と歌われています。
 もしも、自分は今まで通りで構わない、自分は変わる必要はない、何もしなくても、元々ありのままなんだからそれで許される、といったような歌だったら、美輪さんの仰る通りで、まさに「個性」というものを履き違えた甘ったれの戯言だと切り捨てるべきかも知れません。



 実は、武術・武道の修行は、人間が真の「ありのまま」の姿になるための修行だと言えます。
 我々は、努力して、苦労して、常に自分の殻を破りながら、真の「ありのまま」の自分を求め、真の「ありのまま」の自分に「なろう」と精進するのです。



 作家で臨済宗僧侶の玄侑宗久さんは、我々が目指す真の「ありのまま」を「もちまえ」という言葉で解かり易く説明してくれています。


 「『わたくし』を解いて『もちまえ』を出そう 
 生まれたときからもっている命の在り方を『もちまえ』と云う。(後略)
 動物の多くは、この『もちまえ』だけで死ぬまで生きる。(後略)
 犬やサル、さらにチンパンジーから人間になると、『もちまえ』よりも学習する領域が増えてくる。とりわけチンパンジーや人間は、学習やさまざまな体験によって、『もちまえ』の上に『わたくし』を被せていく。モノゴゴロがつき、チエづいてそれは次第に完成されるようだが、これこそ『もちまえ』を抑圧する諸悪の根源だと見抜いたのが釈尊であり、また老子や荘子ではなかっただろうか。
 なぜなら、『わたくし』は常に独自の欲望をもち、思考や判断をするが、それはほとんど常に『もちまえ』の欲求を無視し、ときにはそれを圧迫するからである。
 典型的なのは、自殺願望だろう。死にたいと思っているのは『わたくし』だけなのだ。
 『もちまえ』は多くの同じ命たちと繋がっており、いつも全体のなかで安らいでいる。
 一度できてしまった『わたくし』はなかなか解けないが、それでもなんとかその輪郭を薄くして、『もちまえ』を出そうと発明されたのが、もしかすると東洋における宗教ではないだろうか。

 『もちまえ』を使いこなす
 『もちまえ』が意外なほど凄い力であることに人々は驚き、神通力と呼んだりもする。おそらく武道でも、『わたくし』が透明なほどに薄まってこそ『もちまえ』の力が発揮できるのではないか。」(『日本的』海竜社 より)



 また、日本に中国武術を紹介された第一人者ともいうべき、松田隆智先生は、武術の極意・真理は「自然順応」、つまり「宇宙の法則に従うこと」にあるとされ、次のように仰られました。これなども、まさに、真の「ありのまま」とはどういうことか述べているものだと言えます。


 「人間は成長するのにともない、さまざまな学問や体験によって自分なりの観念をつくりあげて行くが、このことは多くの場合、本来知っていたはずの自然から遠ざかっていく。(中略)
 しかし、やがて真理を知る師について正しい武術を学ぶようになると、今まで知ることのなかったさまざまな技術を学ぶ。(中略)
 だが、師より学んだ技術を完全に理解した時、学び始めた時には特別なものに感じた技術は、実はもっとも自然に順応したものであることを知る。つまり自分は自然の本来の動作を体得したのにすぎず、自己と一体化した技術はすでに特別なものではなく、闘いにおいては、ただ打つべき時に打ち、蹴るべき時に蹴るだけのことである。」(『Meditation Catalogue 精神世界の本』平河出版社 より)



 更に、武術研究家として様々なメディアで活躍されている甲野善紀先生は、自身のライフワークである武術研究は、「人間にとっての自然とは何か」を探究することである、と仰られていますが、それも言い換えるならば、玄侑宗久さんの言う、学習や体験によって自己に被せられた「わたくし」や、世間一般で「個性」と呼ばれるような、「自分なりの観念」から脱却し、真の「ありのまま」を探究することを意味しているのではないでしょうか。



 私自身は決して「個性」の存在を全否定するような人間ではありません。
 どんなに頑張っても人間にはその人なりの「持ち味」というものがあって、それをまさに本当の「個性」と呼ぶのでしょう。
 「個性」は確実に存在すると思います。

 しかし、我々修行者は、くれぐれも偽りの「個性」に騙されないよう、気を付けなければなりません。

 むしろ、世間一般で言われているような「個性」などというものは、自分を小さくつまらない状態のままに押し止めようとする、狭い檻のようなものであり、ちっぽけな自分の殻を破って、真の「ありのまま」の自分を伸び伸び発揮させようとするのを抑圧するものであり、自分の殻に閉じ籠ったまま、努力して、自分を磨こう、自分を変えよう、ともしない弱虫で甘ったれた人間の体の良い言い訳、くらいに考えていた方が良いかも知れません。

 武術・武道の修行は、つまらない「個性」の殻を打ち破って、まだ自分も知らない真の「ありのまま」の自分へと目指してゆく道程です。
 そのための大切な手段が、心身統一、氣の原理、天地自然の理を学ぶことであり、己自身をを宇宙そのものと一体化させることです。

 私たちは、「個性」や「ありのまま」を、決して履き違えないよう注意しなければなりません。

 ありのままの自分には、努力して「なる」ものです。
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心身開発法の危険性 合氣道に秘伝なし②

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 開祖の評伝、『合気道開祖植芝盛平伝「武の真人」』(砂泊兼基 著、たま出版)の中には、次のように書かれています。

 「(前略)鎮魂の行は、善心をもってこれを行なうか、邪心の状態であるか、それによって結果は天国と地獄の差をもって行ずる人に現われるのである。」(P83)

 「鎮魂帰神の法によってよく正神界に出入りし、感応できる人は極くまれで、よごれた精神の人がこの修法をなしても、大方は邪霊に感染し、同化して道をあやまり、世をあやまり、人をあやまり、邪道に引きいれ、破壊の道に追い込む結果となるのである。正道を踏んで鎮魂の法に入らぬかぎり、この修法は役には立たないのである。これに対し正道に乗って行なえば、天性の魂の大小、質の善し悪しにかかわらず、現界の人間の向上は思うままに許されているのである。また、逆に邪道に入るならば、現状よりさらにどん底の悪因縁の雰囲気の中におちいり、身の破滅を招来することを覚悟せねばならない。」(P85~86)


 
 前回、「武術」にはなぜ秘伝が存在するのか、という話をしましたが、実は、「武術」に秘伝が存在することのもう一つの重大な理由として、「武術」の「極意」を身に付ける上で避けては通れない「丹田」や「氣」といった感覚的なものを開発する方法には、危険が伴うということが挙げられると思います。

 武術の世界で、以前からこの問題に警鐘を鳴らしていた方に、武術研究家で游心流武術健身法を主宰されている長野峻也先生がいらっしゃいます。
 その他、一部の宗教系・スピリチュアル系の方々が同じように警鐘を鳴らしていましたが、世間一般ではこの問題はあまり認知されていないのが現状です。

 瞑想法や呼吸法、その他諸々の「丹田」や「氣」などの感覚を養成する心身開発法は、全て広義の意味では宗教的な「鎮魂帰神の行法」に通じます。
 そういった行法を通して稀に、場合によっては精神に異常をきたしてしまったり、自律神経のバランスを狂わせてしまったり、色々と弊害が生じる可能性があるということです。

 古くから禅の世界には、ある種のノイローゼ状態を表す「禅病」あるいは「魔境に陥る」という言葉がありましたが、同じように、ヨガの世界では「クンダリニー症候群」、中国武術や気功の世界では「偏差」と言って、その本質は全く同じもののようです。



 藤平光一先生も若い頃、道を求める過程で熱心に禅の修行をされた時期があったそうですが、禅病になられたことを著書(『中村天風と植芝盛平 氣の確立』東洋経済新報社)の中で告白されています。
 藤平先生はご自身の失敗の経験からも、禅病の予防法として、世間に広く伝わっている禅のやり方が間違っているのだと指摘されていました。
 禅の方法を述べた古典的テキスト『坐禅儀』の中には、「臍下丹田に力を入れて座れ」とあるが、これが決定的な間違いで、臍下丹田は力を込めるところではなく、心を静めるところである、というのが藤平先生の主張です。
 確かに、禅も天地自然の理に適った正しい心身統一体で行えば、寧ろ何の問題もない筈であり、何らかの問題が生じるという時点で、やり方が間違っているのだと考えるべきなのかも知れません。
 藤平先生の仰る通り、臍下丹田(下腹)に力を込めてしまったら却って重心が上がって不安定な体勢になり、全身が強張り、明らかに不自然な状態になってしまいます。

 私自身、合氣道の修行を通して、「臍下丹田が充実している感覚」というものを体得していますが、この感覚を「臍下丹田に力を入れて」と表現してしまったら、判らない人にとっては「下腹の腹筋に力を込める」と勘違いされてしまう可能性は大いにあると思います。

 
 また、世界各国の特殊部隊隊員などから絶大な支持を受けている、武神館武道宗家・初見良昭先生も、30代の頃、重度の自律神経失調症を患い、死の淵を彷徨ったと告白されています。
 一時期は食べ物も殆ど咽を通らず、骨と皮だけに痩せ細り、10メートルの歩行もままならず、一日にヨーグルト一個程の食事で一年以上何とか死なずに済んだ、というのですから、あの初見先生の姿からは想像もつきません。
 初見先生の場合は、インフルエンザに罹ったのを切っ掛けに、自律神経のバランスが再び改善したのだそうですが(野口整体的な理由か?)、もしもそのまま亡くなってしまっていたら、その後の世界の武術界にとっては、大きな損失となっていたでしょう。
 初見先生が自律神経失調症になってしまった原因として、やはり武術修行に付随する様々な心身開発法が、全く関係が無かったとは言えないと思います。


 実は昔、私自身が大変お世話になった方で、大好きだった方が、志半ばで亡くなってしまったことがありました。

 その方は、坂道を転がり落ちるようなスピードで、一気に体調を崩し、あっという間に亡くなってしまったのですが、その方が体調を崩される直前に熱心に凝っていたのが、ヨガをベースに開発され、格闘家や武術家に支持されていた、ある呼吸法でした。
 当時、格闘技がブームで、何人かの格闘家がトレーニングにその呼吸法を採り入れ、それなりの効果があるとされていました。
 その方が急に衰弱して亡くなってしまったことと、その呼吸法との因果関係は未だにはっきりとはよく判りません。
 もともと病院に行ったり薬を服用したりするのを極端に嫌う方だったので、ご自身で体調が優れないと気付いた時点で既に手遅れの状態だったのかも知れません。
 或いはその時は、健康回復のために藁をもすがる気持でその呼吸法に賭けていたのかも知れません。
 しかし、その頃、同じように藁をもすがる気持でお世話になり、結果的にその方を最期まで看取って頂いた、ある有名なヒーラーの先生によると、「どういう訳だか、自律神経のバランスがバラバラに崩れてしまっている」ということだったそうです。



 お陰様で、合氣道が原因で精神に異常をきたしたり、自律神経のバランスを崩したりという話はあまり聞きません。

 その理由としては二つ考えられると思います。

 一つは、「合氣道」という看板を掲げていても、「丹田」や「氣」について全く触れない指導者や道場、学校のクラブなども結構ある、というちょっと残念な現実です。
 今や合氣道は社会体育として広く世の中に浸透しており、一般の人々にあまり難しいことを言って倦厭されても困る、というスタンスで行われている所も少なくありません。
 「相手の勢いや力を利用して投げる」とか「人体構造上の弱点を突く」とか、「いかにして関節技を効かせるか」といったものは、身体の運動・スポーツエクササイズと同等なので、精神に悪影響を及ぼしたり、自律神経のバランスを狂わせたりという危険性は全く無いと言えます。
 しかしそういったものは単なる柔術技法であり、個人的には「合氣道」という看板を掲げてやるのは如何なものか?というのが偽らざる感想です。

 そしてもう一つの理由として考えられるのは、やはり合氣道は「武術」ではなく、「武道」である、ということに尽きると思います。

 冒頭に引用した通り、「丹田」や「氣」などを扱った心身開発法の類は、善心を以てこれを行うか邪心を以てこれを行うか、正道に乗ってこれを行なうか邪道に乗ってこれを行なうか、これらの違いが結果、天国と地獄の違いとなって現れる、ということだと思います。

 「武術」というのは基本、やはり戦闘術であり殺傷術です。
 「武術」には「生死を賭した闘争本能」といった、人間存在の持つ根源的な邪悪さが、本質的に色濃く内包されています。
 これは、簡単な言葉で言い換えるならば、所謂「殺らなきゃ殺られる!」というものです。
 それ故、常に厳しく自己を律していかないと、容易にダークサイドに陥ってしまう危険性を多分に孕んでいるものだといえます。

 もちろん、いつも述べているように、合氣道もその成立の土台となっているものは紛れもない「武術」です。しかし、合氣道ではその「邪悪さ」が純粋な「武術」に較べてかなり薄まっており、そしてその代わりに、執拗な程に「心の教え」が満載されています。

 自分ではそれほど意識していなくても、「憎い敵をぶっ殺してやろう」とか「イザとなったら敵をズタズタに八つ裂きにしてやろう」とか「己の力を誇示して周りの奴らをギャフンと言わせてやろう」とか、心の奥底の深層心理・潜在意識において邪なことを思いながら、「丹田」や「氣」を開発すれば、精神に異常をきたしたり、自律神経のバランスを狂わせたりといった弊害は、なかなか避けられないのではないでしょうか。

 一方、合氣道はどういう志を持って修行すべきか。例えば開祖は次のように仰られています。

 「植芝の合気道には敵がないのです。相手があり敵があって、それより強くなりそれを倒すのが武道であると思ったら違います。
真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは、宇宙そのものと一つになることなのです。宇宙の中心に帰一することなのです。合気道においては、強くなろう、相手を倒してやろうと錬磨するのではなく、世界人類の平和のため、少しでもお役に立とうと、自己を宇宙の中心に帰一しようとする心が必要なのです。合気道とは、各人に与えられた天命を完成させてあげる羅針盤であり、和合の道であり愛の道なのです」(『武産合氣』P192)

 それがきちんとした正しい心の教えを伴った、正しい合氣道である限り、合氣道の稽古を通していくら「丹田」や「氣」を開発しても、精神に悪影響を及ぼしたり、自律神経のバランスを狂わせたりはないと信じます。

 
 やはり、自分としては『合氣道に秘伝なし』と声を大にして言いたいのです。



 最後に、「丹田」や「氣」といった目に見えない感覚を開発する上で、精神に悪影響を及ぼしたり、自律神経のバランスを崩したりしないために、自分なりに考える注意すべき点を、いくつかまとめてみたいと思います。


①あまりに徹底的にのめり込み過ぎないこと

 先程お話した、私自身が大変お世話になった方は、寝食を忘れてのめり込むタイプの方でした。
 その方は呼吸法に凝る以前に一時、断食に凝られたことがありましたが、見る見るうちにガリガリに痩せ細ってしまい、私も何度も止めるようにお願いしましたが、「この方が体調が良いんだ」と言って、当初は聞き入れては貰えませんでした。
 そのうち「こんなこと続けていたら死んでしまう」とご自分で気付かれて止めてくれましたが、その時は心底ホッとしました。
 一度始めたら、寝食を忘れて徹底的にやってしまうタイプの方はよくよく気を付けなくてはなりません。
 まさに、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」「中庸の徳たるや其れ至れるかな」です。


②性急に効果、結果を求めないこと

 これは時代の影響もあるかも知れません。いかに効率よくやって、いかに早く最大の成果を出すか。大切なのは合理性、経済効率、成果主義。
 確かに、何事も即効、速習でないと、現代人には見向きもされないのかも知れません。
 しかし、野菜でも果実でも、収穫するまでには相応の時間を要するのが天然自然の理です。即効、速習というのは本来、どこかしら天地自然の理に逆らった不自然なものであると理解すべきです。
 不自然な方法には必ず不自然な結果も付随してくると知るべきでしょう。


③心身統一体でリラックスして、優しい心、愛の心を以て行うこと

 これは既に書いてきたことです。
 不自然な体勢や緊張状態では穏やかな心の状態がなかなか保てません。
 更に、殺伐とした心、攻撃性、暴力性、そういったものを内に抱えながら心身開発法を行うことが、最も危険だと言えます。
 万有愛護の心を持って、日々感謝し、人々の幸せと世界の平和のために微力でも貢献することこそが、真の武道の修行の目的である、と常に忘れずにいれば問題はない筈です。
 もしもこの心が欠けているようなら、残念ながら、それは断じて「合氣道」とは呼べません。


④自分の観念の世界に閉じこもらないこと

 独りでコツコツ地道に努力するのが得意な人は、この落とし穴に陥らないよう注意すべきです。
 自分の心も命も身体も、ちっぽけな存在に見えるかも知れません。しかし、そんなちっぽけな存在でも歴とした大きな天地宇宙の一部です。我々はもともと宇宙と繋がった存在なのです。
 そのことを忘れて、閉じられた自己の観念の世界に引きこもると、「自分だけが特別な力を手に入れて、特別な存在になるんだ」といった誇大妄想に陥ったり、その逆に、自身の不甲斐無さを嘆き、「自分だけが損ばかりさせられている、自分は被害者だ」と被害妄想に陥ったりしてしまいます。
 合氣道をやる上で最も大切な基本大原則に、「氣を出す」「氣が出ている」というのがあります。
 我々は常に、明るく前向きな、積極的な心を持って、プラスの氣を出し、人間や社会、つまり外界に対して、心身を開いていかなくてはなりません。
 それこそが、合氣道の基本にして奥義ともいえる、「氣を出す」「氣が出ている」ということの真相だと知らなければなりません。
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合氣道に秘伝なし

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 4月6日(月)にテレビ朝日で放送していた「お坊さんバラエティー ぶっちゃけ寺 3時間スペシャル」を視ていて、非常に心に残る言葉がありました。

 高野山真言宗「功徳院」住職の松島龍戒さんという方が、スタジオでの司会者との何気ないやり取りの中で、「自分自身の修行というのは、そのまま世の中の平和や人々の幸せに直結するという考え方」であり、「自分自身、独りで悟るということではない」のだと語っておられました。

 合氣道の修行もまさにその通りで、「自身の合氣道修行が、そのまま世の中の平和や人々の幸せに直結するのだ」という気持ちでやらなければならないし、「自分独りが達人・名人になれば良い、ということでは決してない」ということを忘れてはなりません。



 「武術」の世界では、古くから「秘伝」というものが存在しました。
 何故、「秘伝」なるものが必要とされたのか?
 一つの大きな理由として、「敵に己の手の内を知られないため」というのが挙げられると思います。
 ルールも審判も制限時間も何もない、命を懸けた戦闘において、敵を制圧する有効な手段は、敵が予想もつかないような奇襲を仕掛け、返り討ちにすることです。
 しかし前もって敵に手の内がバレていたら、奇襲は成立しません。
 悲しいかな、戦争の世紀と言われた20世紀が終わり、今世紀になっても、国家にそれぞれ軍事機密が存在し、熾烈な情報戦が繰り広げられているのもその理由からでしょう。

 しかし、前にも書きましたが、合氣道は「武術」を成立の土台としてはいるけれど、飽くまでも「武術」ではありません。
 「宇宙の気をととのえ、世界の平和をまもり、森羅万象を正しく生産し、まもり育てる(『合気神髄』P54)」真の「武道」、それがまさに合氣道なのです。

 ですから、飽くまでも私の個人的見解ですが、敢えて言いたいのです。

 「合氣道に秘伝なし」と。



 これには、異論を唱える方もいらっしゃるかもしれません。

 私自身、より理想的な合氣道を体現するためには、土台としての「魄(はく)」の部分をしっかり作らなければならない、と今も考えています。
 現時点では、「魄」は中国武術でいう「勁力」と同等の物だと考えているので、確かにこれは、使い方によっては相手に甚大なダメージを与えかねない「武術」として有効なものだと言えるかもしれません。

 また、古くから合気会本部道場には「合気道練習上の心得」六箇条なるものが掲げられていて、その六番目にはこう書かれているそうです。

 「六、合気道は心身を鍛錬し至誠の人を作るを目的とし又技は悉く秘伝なるを以て徒に他人に公開し或は市井無頼の徒の悪用を避くべし」


 合氣道の土台となっているものは、退っ引きならない「武術」かもしれません。しかし、目に見える外形や用法だけが合氣道ではありません。合氣道には様々な団体・流派が存在しますが、尊敬すべき立派な先生方が多数おられ、そういった先生方は皆、「心の教え」を大切にしていらっしゃいます。
 この「心の教え」こそがむしろ合氣道の命であり、「心の教え」をきちんと正しく伝えることも含めて、合氣道を教え伝えるということだと言えます。

 それに、私の勝手な解釈かもしれませんが、「技は悉く秘伝なるを以て云々~」というのは、戦前・戦中に開祖によって教授された、大東流合気柔術、もしくは合気武道に当てはまることであって、戦後の平和な時代になって新たに生まれ変わった、真の合氣道には必ずしも当てはまらないのではないか?ということです。
 戦前・戦中は基本的に稽古の見学は許されず、入門するためには2~3人の紹介者、保証人を必要としたと聞きます。その頃は確かに「秘伝」扱いだったと言えるのかもしれません。



 合氣道開祖・植芝盛平先生は、戦前・戦中とその類まれなる武道家としての才能を買われ、陸軍、海軍及び警察に徒手格闘術を指導されていました。

 しかし昭和17年、熱心な宗教家でもあった開祖は神示を受け、軍の要職を全て擲って、茨城県の岩間に隠棲し合氣神社を建立されました。
 そして、来るべき平和な時代に備えて、愛と調和の教えを説く、真の合氣道の完成へと着手し始められた、と言われています。

 戦後、開祖は「自分も結果的に戦争に加担してしまった・・・」と猛省されていたそうです。

 「陸海軍の稽古は、主に魄を主体においていました。つまりものを主体にして、百事戦闘が目的でした。そして一刀一殺とただ名誉に向って進もうとしていた。遺憾ながらいささか真の誠忠ということに欠けていたし、軍にも理解出来ていない人々が多かったようである。勿論偉い軍人もいました。忠勇の軍人は涙が出る程よく戦ってくれました。しかし合気道は人を殺すのが目標ではない。戦い争うことが目的ではない。合気道は魄ではなく、魂のひれぶりである。」(『武産合氣』P127)

 「今私が行って来たことをふりかえってみると、それらは魄の御用であって、やったことは百事誠であったが、戦闘目的の教えでありましたので、自分としての天の使命の上からいったら岩戸閉めでした。今度こそ魂の岩戸開けの本当の合気道の歩み立ちをしたいと存じております。」(『武産合氣』P169)



 戦前・戦中までの植芝盛平先生の武道は、言うなれば、本当の合氣道が世に出てくるための準備段階のものであって、真の合氣道は、忌まわしい戦争がやっと終わり、多くの人々が平和の価値を思い知り、平和は不断の努力によって守るべきものであると思い知らされた時、満を持して世に現れたのだと言えます。

 合氣道は、その成立の土台として「武術」を内包しているかもしれませんが、やはりその目指す理想の所は「武術」などでは決してなく、「武道」、それも開祖の独自に説かれる「真の武道」なのです。


 したがって、やはり「合氣道に秘伝なし」と言いたいです。

 もしも、世の中の自分以外の全ての人間が、きちんとした正しい合氣道を身に付け、全員が達人・名人になってしまたら・・・、もしもそうなったら・・・、世の中から理不尽な暴力などは、きっと消えてなくなってしまうでしょう。
 合氣道とはそういうものです。
 もう、暴力を恐れて「身を護ろう」とか「強くなろう」とか、つまらぬことで一喜一憂する必要もありません。
 なんと過ごしやすい世の中でしょうか。

 もしも、自分自身の合氣道修行が進めば進む程、周りの人達を優しく思いやることができるようになって、世のため人のために尽くすことができるようになるとしたら・・・、修行すればする程、周りの人達に好かれて、周りの人達に感謝されて・・・。
なんと修行し甲斐のあることでしょうか。
 こんなに嬉しいことはありません。

 まるでジョン・レノンの「イマジン」のような世界で、現実にこんなことがあり得るのかどうかは判りませんが、やはり、合氣道の目指す究極の理想はどこまでも高いものなのです。


 こんな素晴らしく崇高な合氣道を「秘して洩らさず」にしておく必要がどこにあるでしょうか?

 「合氣道に秘伝なし!」

 形のあるものないものに拘わらず、森羅万象を正しく生み、生み出されたものは慈しみ、大切に守り、更にそれを立派なものへと丹念に育て上げていく営みと、その心こそが、真の武であり、合氣道の心です。
 藤平光一先生も『誦句集』の冒頭において、「万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、我が心としよう」と簡潔に仰っています。

 合氣道修行は、「自分自身の修行がそのまま世の中の平和や人々の幸せに直結するんだ」という考え方でやるべきであり、「自分独りが他人を差し置き、出し抜いて、極意・奥義を掴むことなど絶対にあり得ない」、と肝に銘じなければなりません。
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愛し上手 愛され上手 「愛」に関する考察③

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 合氣道の技は、単なる護身術・制圧術ではなく、宇宙の生成発展とその理を体技で表したものだと言われています。


 練心館は昭和58年当初、心身統一合氣道の道場としてスタートしたので、基本的に、昔の藤平光一先生の技を踏襲しています。
 今現在、練心館のように心身統一合氣道から独立した道場・流派・団体が世界中にたくさんあり、またそれ以外にも、藤平光一先生の教えを大切に守り続けている合氣道師範の方もたくさん居られるようです。
 自分は便宜上、それらを総称して、「藤平スタイル」の合氣道と呼んでいます。

 昔、フィリピン合気会でお稽古されているフィリピン人の方が、仕事で日本滞在中に、短い間でしたが、練心館でお稽古していたことがありました。
 日本に来てまず最初に、合気会の本部道場に行かれたそうですが、技が全然違って付いて行けなかったと言っていました。
 「こちらの道場でやっている技は、フィリピン合気会でやっている技とほとんど一緒です。」
 と、非常に喜んでおられました。

 また、フロリダで合氣道をやっているというアメリカ人の方が、やはり短い間でしたが日本滞在中、練心館でお稽古したこともありました。
 その方も、すんなり順応できていました。
 訊くと、ハワイで藤平光一先生から教わったお弟子さんが、ロサンゼルスを中心にアメリカ本土に広めた流派の方でした。


 あくまで個人的な見解ですが、合氣道の技は、目先の「護身術」・「制圧術」としてのシンプルな合理性を追求したものなどでは決してありません。
 特に「藤平スタイル」に代表されるような高度な教えを説く所ほど、その傾向は強くなると思われます。
 我々が普段稽古している合氣道の技は、もっと奥深い「心身統一」と「氣の原理」を体得するための「理」を追求して改良された「形」なのだと言えます。

 結果的にそれは、武術としても極意・奥義につながるものとなり、更に進んで、天地自然の理を悟り、我即宇宙といった開祖の求めた究極の理想にもつながるものとなったと言えます。




 所で、話はいきなり本題に入りますが、最近つくづく思うのは、そんな合氣道の「投げ」の稽古は、人を上手に「愛する」ための練習であり、そして合氣道の「受け」の稽古は、人から上手に「愛される」ための練習でもあるんだなぁ・・・ということです。

 これは、「アガペー」などといった難しい話ではなく、極めて現実的で人間的な「愛」の話です。


 上手な合氣道の技で投げてもらえると、たとえ派手に吹っ飛ばされていても愉快でなりません。
 受け身ができない者に対しては、怪我をしないように優しくやってあげる必要がありますが、基本、上手な合氣道の技に掛かったり、投げられたりする時は、遊園地のアトラクションや公園の遊具で遊んだ時のように、気持ち良く、愉快なものなのです。

 しかし、下手な技を掛けられたり、下手な技で投げられた時は(※余りにも理に適わない場合は技は全く掛かりませんが)、無暗に痛かったり、いかにも我をむき出しにしたような強引な嫌な感じがしたりします。

 我々は、少しでも上手な合氣道の技が掛けられるようになるために、稽古を通して、どうすればもっと相手を気持ち良く、楽しく、愉快にさせられるか、探究します。
まあ結局は、基本に忠実で、理に適った技が正しいということが判明しますが・・・。

 これは、「同じ愛するならば、どうすればもっと上手に相手を愛することができるか」、という練習にもなると思うのです。


 「愛」とひとことで言っても、「上手な愛」や「スマートな愛」もあれば、「下手糞な愛」、「不器用な愛」、「乱暴な愛」もあります。

 筑波大学教授でメディアでも活躍する、精神科医の斎藤環先生は、以前、アメリカの作家カート・ヴォネガットの言葉「愛は負けても親切は勝つ」を引用し、精神医療の現場では「愛」は使えない、と断言されていました。
 なぜなら、時として乱暴に突き放すのも「愛」だったり、怒鳴りつけるのも、殴るのも「愛」だったりする訳です。
 心を病んでいる人を前にして、「愛」のような当てにならぬもので対処するよりは、「親切」を以て接する方がずっと確実なんだそうです。

 また、「愛の反対は憎しみではなく無関心です」とはマザーテレサの言葉ですが、確かに、社会問題となっているストーカーなどは、乱暴で歪んだ「愛」の典型でしょう。
 よっぽど「愛」など簡単に消し去ることができるものならば、すぐに「無関心」になることができて、ストーカー問題など簡単に解決する筈です。

 しかし人間は「愛さずにはいられない」生き物です。
 それ故、好きになったり嫌いになったり、腹を立てたり、憎んだり、絶望したり。
 これらは全て、広義の意味での「愛」だといえます。
 私たちはよく、赤の他人に言われても何とも思わない事でも、妻や夫、父母、兄弟等、家族に指摘されると無性に腹立たしかったりすることがありますが、それも「愛」があるからでしょう。

 人間が、どうしても「愛さずにはいられない」生き物ならば、できることならば、上手に、スマートに、相手や自分をなるべく傷付けずに、愛したいものです。

 それができるようになるためにも、合氣道の稽古は、相手に上手に技を掛けられるよう目指さなくてはなりません。
 技を掛けながらも、相手を一切傷付けず、気持ち良く、楽しく、愉快にしてやることが、相手を上手に「愛する」ことの練習にもなるのです。



 一方、合氣道の「受け」は上手な「愛され方」の練習だと言えます。

 現実社会で出会う人々が、全員、「愛し方」が上手とは限りません。
 上司や先輩、同僚、あるいは家族や親戚の中にも、「不器用な愛し方」や「乱暴な愛し方」しかできない人もいるでしょう。

 同じように、道場の稽古仲間でも、技が上手い人もいれば、下手な人もいます。
 下手な人に技を掛けられたせいで痛い思いをした、とか、下手な人に投げられたせいで「受け身」を失敗した、というのはなるべく避けたいものです。

 そのためにも我々は、何度も繰り返し「受け身」の稽古を重ねて、たとえ下手に技を掛けられたり、投げられたりしても、きちんと身を守り、ダメージのないように「受け身」が取れるようにしなければなりません。

 その稽古が、実生活で「不器用な愛」や「乱暴な愛」に遭遇した時に、いちいち傷付いてダメージを受けないための練習になる筈です。
 つまり、「愛され上手」になるということでしょうか。


 4月は新入学があったり、新社会人が社会へと羽ばたいて行く時期です。
 新しい世界に踏み出して頑張ろうとする時や、実社会の荒波を乗り越えて行こうとする時、そこで良好な人間関係を築くためにも、合氣道の稽古で培った、「上手に愛する能力」がきっと役に立つこともあるでしょう。
 また、厳しい先生や上司、怖い先輩に出遭う事もあるかも知れません。「辛辣な愛」や「乱暴な愛」に遭遇する度に、いちいち傷付いてダメージを受けているようではやって行けません。
 合氣道の「受け身」の稽古で培った「上手に愛される能力」が、きっとどこかで役に立つ時もあると思います。


 私自身、偉そうに言える程、「愛し上手」で「愛され上手」かは甚だ覚束ないですが、合氣道の稽古には、必ずそういった精神的効果があると思っています。
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「造花」と「天然の花」 「愛」に関する考察②

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 『ありのままで生きる 天と人をつなぐ法則』(矢作直樹/保江邦夫 著 マキノ出版) 
 を読んで更に色々と考えさせられました。

 保江邦夫先生が「愛」について語る中で、マザーテレサのエピソードを紹介していました。


 「救護所に運び込まれたインド人男性の世話を、マザーがしていたときのこと。マザーは、男性の膿んだ傷口にわいているウジを見つけては、すぐに素手でつかんで取っていくんです。ほかのシスターや看護師さんたちは傷口のウジを見ても医師を呼んでくるだけなんですね。医師もピンセットでつまみ上げるだけ。『なのに、どうしてマザーはすぐにご自分の指で取り払ってくれるのですか』と男性が聞くと、マザーが答えるんです。

 『どうぞ、ほかの人たちを許してくださいね。あの人たちは、あなたを愛そうとしているだけで、まだほんとうには愛せていないのです。でも、今に愛せるようになりますから、それまで待ってあげていただけませんか』と。

 つまり、頭で考えて、『愛そう』と思っている間は、まだまだ『愛する』という状態にはほど遠いんですね。『愛そう』とかみじんも思わず、ただ、目の前に衰弱してケガをしている人の傷口にウジが見えたとき、とっさに手が動いて、指でつまみ出している。この行為の中にこそ愛があるからです。しかし、これは残念ながら、やはりだれにもできることではありません。」(P125~P126)


 日々の稽古中、「氣結び」によって成立する理想的な「魂」の合氣道をイメージする時、自分はまだ、「朗らかに積極的な心で!朗らかに積極的な心で!・・・」と自分で自分に言い聞かせながらやっているレベルです。

 それは言い換えるならば、頭で考えて、「愛そう!愛そう!・・・」と頑張っているレベルであって、まだ自分自身、本当の意味で「愛する」という状態には程遠いんだなぁ・・・と痛感させられます。

 自分の様な人間が、そう簡単にマザーテレサのような境地にはなれなくて当然、と言えば当然ですが、しかし、植芝盛平先生が説かれた合氣道の目指す理想とは、まさにそういった境地であり、そこまで行って、初めて真の合氣道は完成すると言えるのだと思います。



 近頃は便利な時代になりました。
 植芝盛平先生を始め、様々な流派、門派の伝説的名人・達人達の動画がパソコンで手軽に視られるようになりました。
 そして、そんな一昔前の伝説的な先生方の白黒映像を視ていてよく思うのが、意外と細かい所がいい加減だったりするんだなぁ・・・ということです(偉そうに何様のつもりでしょうか、すみません)。

 例えば、うちでは「体軸がぶれないように」とか、「正中線をしっかり向けて」とか、「動きの中で股関節を自在に使えるように」、「肩甲骨の柔軟性が云々」等々、大人クラスでは色々と細かく言っています。

 しかし、一昔前の伝説的名人達は、意外とその辺がいい加減だったりすることが多いような気がするのです。
 それならば、
 「昔の武術・武道はレベルが低く、現代の最先端の理論と練習法を知っている我々の方がハイレベルなのか?」
 「昔の名人と呼ばれる人の技は、実は、きちんとした基本すらちゃんと出来ていない程度の、出鱈目なものなのか?」
 とんでもありません!。
 細かい所は無視して、全体として見るとため息が出る程の素晴らしい妙技で、まさに名人の風格が表れています。

 ただいつも感じるのは、一昔前の武術家・武道家は、我々現代人が考えるような所謂「技術」を身に付け、「技術」を完璧にすることで達人・名人を目指すのとは、ちょっと違ったアプローチの仕方で、達人・名人を目指したのではないか?
 そんな思いがいつも頭の中を過るのです。


 昨今は、書店の武術・武道書コーナーに行くと、親切な技術解説書が山のように出ています。自分自身、それらの本のお陰で随分勉強になりました。

 しかし、遅かれ早かれ、いずれは「技術」ではどうにも先へ進めない壁が立ちはだかるのだと思います。



 これには「造花」と「天然の花」の譬えがぴったり当てはまると思います。

 それを聞くと、寺田寅彦の随筆「病室の花」の話を思い出す方も居られるでしょうが、そうではなく、三島由紀夫と太宰治の話です。

 若き日の三島由紀夫は、戦後間もない頃、当時人気作家だった太宰治にわざわざ会いに行き、面と向かって「あなたの文学は嫌いです」と言ったそうです。
 三島は生涯、太宰の文学を嫌っていたそうですが、その理由としてこんな説があります。

 三島の文学上の師とも言える川端康成は、三島初の長編小説『盗賊』を「脆そうな造花」と評しました。

 また三島は、文学とは「不朽の花を育てること」だとし、「そして不朽の花とはすなわち造花である」と述べています。

 その後、三島は偉大な文学者となり、数多くの名作・大作を世に出しましたが、三島の文学は、緻密で、絢爛豪華で、壮大な、「造花」だったと言えるのではないでしょうか?

 一方、太宰の文学は、三島に較べたら、粗削りで、含羞を感じさせる、小ぢんまりとした、しかし歴とした「天然の花」だったのではないかと思います。

 エリートとしてのキャリアは圧倒的に上である三島も、太宰に対し、自分には超えられない何かを感じ、複雑な思いを抱えていたのかも知れません。



 話を合氣道に戻しますが、

 どんなに「技術」を追求して、完璧な「技術」を身に付けたとしても、それは「造花」の合氣道の域を出ないものだと言えます。

 私自身、頭で考えて「愛そう」としているうちは、それは「造花」の「氣結び」であり、「造花」の「魂」の花を咲かせた合氣道なのだと思います。

 勿論「技術」は「技術」で大切な物であり、それを蔑ろにする訳にはいきません。
 練心館でも、今後もきちんと「技術」を追求して行くつもりです。

 しかし同時に、常に「心」を求めて諦めずに修行して行けば、いつの日か、頭で「愛そう」などと微塵も考えなくても、「愛している」のが当たり前になる日がやって来るかも知れません。

 そうなった時、たとえ荒削りでも、絢爛豪華さなど欠片もなくても、生命の宿った「天然の花」としての真の合氣道になるのだと思います。

 一昔前の、伝説的名人・達人達が、古い白黒映像の中で見せてくれる武術・武道の妙技の数々は、たとえ荒削りでも、小手先の「技術」を超えた、歴とした「天然の花」なのだと言えるのではないでしょうか。



 「技術」よりも「心」を求めて、合氣道の名人になられた方の代表として、万生館合氣道の創始者、砂泊諴秀先生が挙げられます。

 砂泊先生は、熊本で合氣道を教え始められた当初、自身の未熟さに忸怩たる思いを抱えていたそうです。
 小柄でどちらかと言えば華奢な体格の砂泊先生は、警察学校などで講習会を行った時、屈強な者に抵抗されると技が上手くいかなくなることがあったそうです。
 そこで砂泊先生は、体技ではなく、開祖・植芝盛平先生の精神的な教えにこそ状況を打破する糸口があると直感したそうです(そういった直感を得ること自体に非凡さを感じますが)。

 「合氣は愛である。和合であり結びである。この言葉を、どうして技として体現出来るか。」
 「真の合氣道に達するためには、開祖の御遺訓を目標にして修業することである。」
 (『合氣道で悟る』砂泊諴秀 著 たま出版 P12)

 それから数十年。今は故人となられてしまいましたが、合氣道界では、開祖・植芝盛平先生の直弟子の中でも最高峰の、知る人ぞ知る伝説的名人として知られています。


 砂泊先生を目標に、自分も「技術」だけでなく「心」をきちんと求めることで、「天然の花」としての「魂」の花を咲かせた、真の合氣道を目指して行きたいものです。
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「愛」に関する考察 ①

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合氣道の聖地。茨城県笠間市にあ... 合氣道の聖地。茨城県笠間市にある合氣神社です。 青山学院大学相模原キャンパスの... 青山学院大学相模原キャンパスのシンボル。ウェスレー・チャペルです。





 『ありのままで生きる 天と人をつなぐ法則』(矢作直樹/保江邦夫 著 マキノ出版)
という本を読んで色々と考えさせられました。

 著者の一人、保江邦夫先生は、ノートルダム清心女子大学教授で理論物理学者ですが、我々の世界では、大東流合気武術の伝説的名人、佐川幸義先生の門下で修行され、現在は「冠光寺眞法」なる独自の合気系武道を指導されていることで有名です。

 もう一人の著者である矢作直樹先生は、東京大学教授で同附属病院救急部・集中治療部部長をされているそうですが、現職のお医者様でありながら、霊魂の存在や死後の世界の存在を肯定され、啓蒙する活動をされています。

 お二人の対談内容は、臨死体験やあの世、霊魂、スピリチュアルヒーリング、挙句の果てにはUFOにまで及び、世間一般からは「トンデモ本」にジャンル分けされるのではないだろうか?!、と思いました。

 個人的には、私は、そういった話は決して否定派ではないので、興味深く読ませて頂きました。

 この本の中で保江邦夫先生は、ご自身の冠光寺眞法の技の原理を簡潔に述べられていましたが、これは、今現在、私が探究しているものと変わらないのではないか?と感じました。

 保江邦夫先生曰く、「技の原理を簡単にいえば、『愛とともに相手の魂を自分の魂で包む』というものです。」



 合氣道を修行する上で、「愛」の問題は避けては通れない重要なテーマです。

 合氣道開祖・植芝盛平先生は大正14年の春、黄金の光に包まれるという宗教的神秘体験をされ、武道の真理に開眼されたといいます。
 「その瞬間、私は、『武道の根源は、神の愛―万有愛護の精神―である』と悟り得て、法悦の涙がとめどなく頬を流れた。」(『合気神髄』P54)

 また、合氣道の極意は己を宇宙と一致させ、我即宇宙となることだとし、そのためにも、まずは己の心を宇宙の心と一致させなくてはならないと説かれています。そして宇宙の心とは「愛」であると断言されました。
 「宇宙の心とは何か? これは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまで及ぶ偉大なる『愛』である。」(『合気神髄』P34)

 また、合氣道という名前も愛を連想させるからなのだと仰っています。
 「『合』は『愛』に通じるので、私は、私の会得した独自の道を「合気道」と呼ぶことにしたのである。」(『合気神髄』P41)



 私自身、30代の後半までは所謂武術的な技を行っていました。より具体的に言い換えるならば、中国武術でいう所の「勁力」を使っていました。

 一言で「勁力」と言っても専門的に言えば、明勁・暗勁・化勁の中での、一番の初歩である明勁の要素が強かったと思います。まあ、これが一番派手に相手を吹っ飛ばしたりできるもので、素人目に見ても比較的判り易いものですから・・・。

 「勁力」を使いこなす上でも、小手先の筋力等は一切不要なので、未熟な私は、「これこそが合氣道の奥義に違いない?!」と思っていました。

 しかし、万生館合氣道の先生方と運命的に一緒にお稽古する機会を得て、「質の違い」に気付かされました。(※このことはいずれまた詳しく書こうと思っています。)

 武術として相手により大きなダメージを与える方法としてなら「勁力」は有効です。
 しかし、万生館合氣道の先生方の行う「呼吸力」の技は、もっと柔らかく、「心」に直接働き掛けるような技でした。

 今まで自分が合氣道の奥義だと信じていたものは、単なる実戦武術の技法であって、それこそが開祖がいずれは捨て去らなくてはならないとした「魄」の土台であって、その上に、柔らかく「心」に直接働き掛けるような「氣結び」の「魂」の技を創り上げていかなくてはならないのだ、と気付かされました。

 以来、自分なりに色々と試行錯誤して、「魂」の技、「氣結び」の技も少しは体現できるようになりました(まだまだ完成には程遠く、一生のテーマになりそうですが)。

 その中で見えてきたものは、「氣結び」の技をなそうとする時は、こちらの心の状態が技そのものに強く影響する、ということでした。

 経験上言えることは、こちらが「明るく朗らかで積極的な心」の状態の時、「氣結び」の技は上手くいく、というものです。



 保江邦夫先生が「愛とともに相手の魂を自分の魂で包む」と仰った冠光寺眞法の基本原理と、私が自分なりに行き着いた「明るく朗らかで積極的な心で氣結びする」という極意は、言わんとしている内容は全く同じことではないか、と思います。

 つまり保江邦夫先生が仰る「愛」とは、更に言うならば植芝盛平先生が説かれたような「宇宙のすみずみにまで及ぶ偉大なる『愛』」や、武道の根源としての神の「愛」といったような「愛」とは、極めて人間的な「好き」という感情等では決してなく、宇宙全体に広がる「明るく朗らかで常に積極的に前に進もうとする大きな意思のようなもの」と言えるのではないかと思うのです。
 そしてこの「愛」を少しでも多く自分の心に宿すことができると、相手の心に柔らかく直接働き掛けるような、「氣結び」の「魂」の技も比較的上手くいく、ということではないかと思うのです。



 この「愛」についてより深く考えるヒントとして、スウェーデンのキリスト教神学者ニーグレンの著書『アガペーとエロース』で主張した論が大きな示唆を与えてくれます。

 ニーグレンは、
 「エロース」とは、真・善・美をどこまでも追求するギリシャ哲学的愛であり、上昇を志向する愛であり、対象に何らかの価値を認めるが故の愛、自己追求の愛であるとしています。
 一方、「アガペー」とは、自分をどこまでも捨て去る愛であり、下降する愛であり、対象に愛する価値があるかどうか全く顧みない愛、自己放下の愛であるとしています。

 原始キリスト教における「愛」は「アガペーモチーフ」だったが、教会の世俗化とギリシャ哲学の影響により、いつの間にか人間的な「エロースモチーフ」に変換されてしまった。
 16世紀のルターの宗教改革はキリスト教における「愛」をもう一度本来の「アガペーモチーフ」に戻そうとする運動だった、ということです。

 そもそも「アガペー」とは、本来人間には不可能な「愛」なんだそうです。

 しかし、自分をどこまでも捨て去ることができた時、人間は、天から一方的に無限に降り注ぐ、神の偉大なる「愛」に気付くことができるのだそうです。
 そして自分が無限の神の「愛」に包まれていることを知った後は、鏡が太陽の光を反射するように、自分自身もただの鏡のようになって、周囲を神の「愛」で照らしてやればよいだけなのだそうです。



 保江邦夫先生が技の基本原理として仰った「愛とともに相手の魂を自分の魂で包む」場合の「愛」とは、人間的な「好き」という感情などでは決してないでしょう。人間の「好き」という感情は、ややもすれば簡単に「嫌い」へと揺れ動きます。

 キリスト教における神の「愛(アガペー)」や、合氣道開祖・植芝盛平先生が古神道的世界観と信仰によって感得した宇宙の本質としての「愛」、武道の根源としての「愛」。
 これらは本来、簡単に言葉で言い表すことのできないものなのかも知れません。
 しかし敢えて、無理にでも言葉に表現するならば、やはり「明るく朗らかで常に積極的に前に進もうとする大きな意思のようなもの」だと言えるのではないでしょうか。



 稽古・修行を通して己を宇宙そのものと完全に一致させることができた時、自身のちっぽけな「我」は完全に捨て去られ、己には宇宙の心、即ち偉大なる「愛」が無限に降り注ぎ包まれているということに気付くのでしょう。

 その時、人間はきっと意識して「愛そう」等としなくても、光の当たっている鏡が常にその光を反射して輝いているように、「愛している」のが自然で当たり前の状態になっているのかも知れません。

 そうなって初めて、理想の合氣道は完成するのでしょうか?・・・。

 生きているうちにそこまでの境地に辿り着きたいものです。
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技術としての「素直さ」、人間性としての「素直さ」

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 合氣道界では伝説となっている有名なエピソードがあります。語る人によって内容に若干の違いがありますが、ざっと以下のような話です。

 実戦合氣道の達人として有名な塩田剛三先生(養神館合気道創始者)に、ある日、お弟子さんが「合氣道はどうすれば上達するのですか」と質問したそうです。
 それに対して、塩田先生は、「それなら素直な人間になりなさい」と答えたそうです。

 合氣道界ではカリスマと呼ばれている先生が、「上達するためには素直な人間でなくてはならない」と仰っているのですから、我々も決して無視する訳にはいきません。

 一方、合氣道とは全く違う分野で、偉大なカリスマと呼ばれている人物が、「素直な心」の重要性を生涯説かれていました。
 その人が、現パナソニックグループ創業者、通称「経営の神様」、松下幸之助です。

 松下幸之助は、ビジネスマンにとっても、最も大切な人間的資質は「素直な心」であると説かれていました。

 片や合氣道界のカリスマ、片や経営者のカリスマ、この両者が同じく「素直さ」の重要性を説いている。
 これは単なる偶然ではないでしょう。両者にはきっと通じるものがある筈です。

 我々も、もっと素直な人間になることで、合氣道も更に上達できたら良いのですが、この「素直さ」とは一体何なのか、自分なりに考えてみました。


 「素直さ」と一言で言っても、一般的に考えられている「人間性としての素直さ」と、それとは少し分けて考えるべき「技術としての素直さ」があるのではないかと思います。

 この両者は繋がっていて、決して全く関係のない別物ではないと思います。しかし、上達のためには、一旦分けて考える方が妥当なのではないでしょうか。



 合気会師範部長の多田宏先生が以前、「月刊 秘伝」(2011.1月号)誌上で興味深いことを仰っていました。

 多田先生は、イタリアを中心にヨーロッパ各地で合氣道を指導してこられた方ですが、海外で稽古している外国人の方々の多くが、きちんと合氣道の精神性や東洋の伝統的身体技法を理解してくれる、と仰っていました。

 しかし一方で、却って日本人の方が、

 「だが日本では精神、心という言葉が日常生活の中で時には主軸をしめる普通の言葉となっているため、心を技術的に捉える人が少なく、時にはいやがる傾向がある。(後略)」

 「我々が合気道の話をしている時に、本当は心の技術の話をしているのに、それを社会道徳だと解釈して、技術的なものを求めようとしない人がある。そんな技術があることを知らないままで居る人もある。呼吸法を真剣に行ってから行える事を、ただ気持の問題と捉えてしまう事もある。」

 といった具合に、心の技術を単なる精神論として捉えてしまう傾向があると述べられていました。



 また、中国武術・韓氏意拳の光岡英稔先生は、『荒天の武学』(内田樹/光岡英稔、集英社新書)の中で、「意識の拡散と集中」という問題を通して、核心を衝いた指摘をされていました。

 「文字をたくさん操れる現代人とか、情報も多く、社会性の強い人の方が自分に対する疑いを持っていて、意識が拡散しています。そうすると何かを行うときに、テクニックやメソッドという回り道を辿っていかないといけなくなる。(後略)」

 「現代人は頭で学んでいる習慣、癖がついているせいで、習い覚えた癖を捨てることが怖いので手放せない『順序を追ってしか学べないんじゃないか』という思い込みがあるので、何かをぱっと見取って学べる自分というのを殺してしまっている。
 でも、身体を使うことに戻っていくと、少しはそういう見取ってしまえる自分にアクセスできます。そうすることで徐々に『物事は思考によって学ばないといけない』という思い込みから抜けられるんじゃないかと思います。」



 「素直さ」には、技術としての「素直さ」と、人間性としての「素直さ」があって、両者は決して関係のない別物ではないけれど、合氣道の上達のためには、我々はまず、技術としての「素直さ」を身に付けることから始めなければならない、そう考えます。

 では、技術としての「素直さ」とは一体どういうものか?
 自分なりの言葉で定義すると、

 「よく分からないものをよく分からないまま、しっかり自分に受けとめて、よく分からないままきちんと体現する能力」

 と言えるのではないかと思います。

 そして、この技術としての「素直さ」を発揮した人物として、もう一人のカリスマの例が挙げられます。

 そのもう一人のカリスマとは、昭和の歌姫、美空ひばりです。

 美空ひばりさんは、8歳で初舞台を踏み、9歳で天才少女としてデビューしました。それ以来ずっと第一線で活躍されました。
 恐らくは、少女時代は忙しさ故に、学校の授業も休みがちだったのでは?と思います。

 そんな美空ひばりさんは今から数十年前に、英語が全く話せなかったにも拘わらず、ネイティブスピーカーが聴いても完璧な発音の英語でジャズを歌いました。

 なぜ彼女はそんなことができたのか?
 これこそが、技術としての「素直さ」だと思うのです。

 技術としての「素直さ」が身に付いていない凡人の多くは、「よく分からないもの」に出会った時に、それを無理矢理、「自分が今までの人生で培ったもの」の中に当て嵌めて解釈しようとしてしまう。

 英語が解らないのなら、それを無理矢理、「カタカナ(日本語)」に当て嵌めて歌ってしまう。
 しかし、それでは上手く英語でジャズを歌ったとは言えません。

 美空ひばりさんも、レコーディングはカタカナで書かれたカンペを見ながらやっていた、という証言もあるみたいですが、基本、彼女がやったことは、英語の意味など解らなくても、耳で聴いたままを、そのまま素直に再現していただけに過ぎないのではないでしょうか。
 ネイティブの人が聴くと、原曲の歌手のアメリカ南部訛りまで完璧に再現していたというから驚きです。



 我々のやっている合氣道は、心身統一体で、臍下丹田の力を駆使したり(開祖の説く「魄」の側面)、氣を導いて(開祖の説く「魂」の側面)行うものです。

 しかし、殆どの現代人はそれまでの人生で、「丹田」や「氣」など意識したこともないのが実情です。

 本当は「よく分からないもの」に出会っている筈なのに、それを無理矢理、自分がこれまでの人生で培ってきた「よく分かっているもの」に当て嵌めて解釈してしまうと、「人体構造上の弱点を攻めて倒す」とか「関節技で制圧する」とか、合氣道としては甚だ出鱈目で頓珍漢なものになってしまうのです。

 我々はまず、技術としての「素直さ」を身に付けなくてはなりません。
 そのためには、世間の常識や固定観念に囚われず、感覚・感性を研ぎ澄ませることが大切です。
 そして、「よく分からないもの」に出会っても、決して焦って「分かった振り」をせずに、「よく分からないもの」のままでも良いから、それをそのまま上手く再現・体現できるように試行錯誤を繰り返すことが大事ではないかと思います。



 この技術としての「素直さ」を身に付ける上で、まず最初にやるべきことを、より具体的に説明すれば、まずはきちんと合氣道の「受け」が取れることではないかと思います。

 合氣道の「受け」は、投げられてもいないのに、自分勝手に倒れたり転がったりしてはいけません。
 だからと言って、逆に、意地になって抵抗しているようでは、それでは全く稽古になりません。

 正しい合氣道の技が掛かった時の感覚は、譬えて言うなら、公園の遊具や遊園地の乗り物に乗った時のような、楽しいような気持ちの良いような感覚があります。
 その時は、決して踏ん張ったり強張ったりして、無駄な抵抗はしないことです。
 勿論、自分勝手に倒れたり転がったりしてもいけません。

 それが気持ち良くて楽しい、合氣道として正しい技だったら、「受け」は一切の迷いなく自身を技に投入させ、技に乗ることが肝心です。
 そして、その時の感覚を身体イメージとして記憶し、逆に自分が「投げ」を行う時は、その記憶の中にある身体イメージの感覚を駆使して、気持ち良く楽しく相手を導いて投げてやることが肝心です。



 そして、技術としての「素直さ」がある程度分かってきたら、次はいよいよ、人間性としての「素直さ」が技に直結してくるレベルへと至ります。

 いずれ詳しく書こうと思いますが、合氣道も、「氣結び」で技をなす段階になると、心の有様が技に直結してきます。

 何事も最後は人間性だとはよく言われることですが、合氣道もやはり、最後は精神論がそのまま技術論になる、という点が面白く、やはり人間修行としての「武道」なんだなとつくづく感心させられます。

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合氣道の本番は「生まれて死ぬまで・・・!」

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 「合気道は試合がない ずーっと稽古 ただひたすら稽古だ そんな合気道の本番 いつだと思う?」
 「生まれて死ぬまで・・・!」

 この台詞は漫画『EVIL HEART』(武富智 著、集英社ヤングジャンプ・コミックス)の中の名場面、合氣道部創設のシーンで出てきました。
 主人公・ウメ君の合氣道の師匠、ダニエル先生(何とカナダ人!)の台詞です。

 素晴らしい感動的な作品でしたが、正直、雑誌連載中は、どうも、あまり人気がなかったのかな・・・?と思われます(武富智さんすみません)。

 主人公・ウメ君は大変な家庭環境の中、心に深い傷を負い、手の付けられない問題児でした。
 しかし、そんなウメ君が合氣道と出会い、最初は反発しながらも徐々に心を開き始め、人間としても成長していく、という物語でした。

 決して、「痛快格闘娯楽漫画!」というものではなくて、父親や兄のDV(家庭内暴力)や家庭の崩壊、少年非行等が描かれていて、読んでいると胸が痛みます。

 恐らくは、雑誌連載は打ち切りになってしまったのではないか?と思われます。

 しかし、合氣道界からは支持されていたのではないでしょうか。読んでいて辛くなるような作品でしたが、今まで、漫画でこれ程までに「合氣道の心」がきちんと描かれているものはなかったと思います。

 少なからず支持者がいたのでしょう、後に、読み切りの単行本が三冊発行され、無事完結しました。

 最後、ウメ君は立派に成長し、バラバラだった家族がもう一度再生するのでは・・・?という希望を匂わせたラストシーンは涙なしには読めません。


 この「合氣道の本番は生まれて死ぬまで」という考え方は、昔から様々な先生方が言われてきたことだと思います。

 藤平光一先生も『心身統一合氣道入門』の中で、「現今では、武の技を使って真剣勝負をすることはない。しかし、二度とない此の人生、真剣の場に臨む覚悟で日常を生きることが、武の精神である。」と説かれています。

 もっと言えば、合氣道だけに限定せず、「武道の本番は生まれて死ぬまで」で良いのではないか、と個人的には考えます。

 あくまでも個人的な見解ですが、「武術」、「武道」、「スポーツ」は厳密には違うものだと思っています。

 「武術」は、英語でいう所の「Martial Arts(戦いの技術)」そのものであると思います。ルールがなく審判もいない戦闘で、いかに自分やその味方の生命を守り、敵を制圧するか。場合によっては躊躇なく敵にとどめを刺して殺す。
 「実戦武術」を標榜する指導者の中には、「どんなに汚くて卑怯な手を使っても敵を抹殺する!」と嘯く方もいらっしゃいますが、純粋に「武術」ならそれもありなんだろうと思います。

 「スポーツ」は、その語源を「Disport(気晴らし、楽しみ、遊び)」に持つもので、主に、Player(選手)になってGame(試合)に参加し、勝敗を競って楽しむものです。
 柔道でも空手道でも剣道でも、「Game(試合)」のことしか頭になかったら、それは純粋に「スポーツ」だと言えるでしょう。

 「武道」は、英語では適切な訳語はない筈で、個人的には、日本だけが生み出した特殊な文化だと思います。

 歴史的には、江戸時代に「武道」は、思想としての「武士道」を指す言葉で、所謂、剣術や柔術などのジャンル一般は「兵法」とか「武芸」などと言われていたそうです。

 「武道」という言葉が、現在のように一つの体技のジャンルを意味する言葉として一般化したのは、近代になって、嘉納治五郎先生が「精力善用・自他共栄」という崇高な理念を掲げ、人間修行の道として講道館柔道を創始されてからだそうです。

 しかし、嘉納先生は東大卒のインテリ学者・教育者であり、その時代、西洋の進んだ知識を積極的に取り入れて日本の近代化を推し進めるリーダー的な役割も持った方でした。
 恐らくは、嘉納先生の先進的なお考えから、試しに、それまで日本に存在しなかった「スポーツ」という概念を積極的に柔道に取り入れられたのでしょう。その結果、多くの日本人が、より魅力的な「スポーツ」の部分ばかりに着目するようになってしまったものと思われます。

 「武道」とは、あくまで個人的な見解ですが、稽古でやっていることはそれまでの伝統的な「武術」とさほど変わらないけれど、その目的が決して戦闘などではなく(勿論、Gameとしての試合に勝つことでもなく)、心を磨き、魂を磨く人間修行のためにやるもの、ということではないかと思います。

 そういう意味では、日本に「武道」(※思想としての武士道という意味ではなく)が確立したのは江戸時代だと考えます。

 戦国時代が終わり平和な江戸時代が訪れました。それまで命を懸けて戦うことが仕事だった武士は、今度は社会のリーダーとなって人々を取りまとめ、導くことが仕事となりました。
 それでも、武士たちは「武士の魂」として常に帯刀し、日々の稽古に余念がありませんでした。
 天下泰平の世でしたが、この時代が一番、町道場も増え、多くの人々が剣の稽古に励んでいたそうです。
 それは一体なぜなのか?
 勿論、殺し合いの戦闘に備えてではないし、ましてや、大会で優勝して金メダルを獲るためでもありません。常に、社会のリーダーとして相応しい人間であるために、心を磨く人間修行として剣の稽古に励んでいたのだと思います。

 柳生新陰流が徳川家の御流儀になったというエピソードが、それまでの戦国時代の「武術」から、平和な江戸時代の「武道」への転換を象徴的に語っています。

 戦国時代も終わりの頃、柳生石舟斎宗厳は、徳川家康の御前で新陰流奥義「無刀取り(※合氣道の太刀取りと一緒ですよね?)」を披露し、興味を持った家康自身も全く無傷で投げられてしまい、家康から是非とも剣術指南役にと推挙されました。
石舟斎は老齢を理由に辞退し、代わりに息子の宗矩が徳川家の剣術指南役に就任します。
 柳生新陰流は「殺人刀(せつにんとう)」から「活人剣(かつにんけん)」へと説く流派であり、「切らず、(命を)取らず、勝たず、負けざる剣」であるそうです。これこそ、「武術」でもなく「スポーツ」でもない、理想的な「武道」ではないでしょうか。

 尤も、日本人の中には無益な殺生を好まず、和を以て貴しとなす気質が昔からあったのでしょう。
 飯篠長威斎家直によって創始され、現存する最古の剣術流派と言われる天真正伝香取神道流には、「平法」という教えがあり、戦わずして目的を達成することこそ真の理想であるとしています。
 こう考えると、室町時代中期に既に理想の「武道」の萌芽があったと言えるかもしれません。

 「武術」の本番は「殺し合いの戦闘」になった時。

 「スポーツ」の本番は「試合」「大会」。

 「武道」の本番は「日々の生活」「人生そのもの」、まさに「生まれて死ぬまで」。

 こういうことではないかと思います。


 因みに、合氣道開祖・植芝盛平先生は、合氣道こそが「武道」・「真の武道」であるとして、独自のお考えをお持ちです。

 「武道とは、腕力や凶器をふるって相手の人間を倒したり、兵器などで世界を破壊に導くことではない。真の武道とは、宇宙の気をととのえ、世界の平和をまもり、森羅万象を正しく生産し、まもり育てることである」(『合気神髄』P54)

 「相手があり敵があって、それより強くなり、それを倒すのが武道であると思ったらそれは間違いである。真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは宇宙そのものと一つになることだ。宇宙の中心に帰一することだ。」(『合気神髄』P115)

 練心館は、開祖の仰る所の「真の武道」である合氣道の道場です。

 したがって、我々は常に平和を守り、この世界に、形の有る無いに拘わらず、素晴らしいもの、良いものを生み出し、それを大切に守り、そして、それを立派なものへと丹念に育て上げていくよう努力しなければならないのでしょう。
 そして常に、己自身を宇宙そのものと一体化させる、といった、ある種の宗教的情操を持ち続けられるよう、努力しなければならないのでしょう。

 我々の日々の稽古、鍛練を活かすための本番のステージは、やはり「生まれて死ぬまで」です。
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