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みどりの窓口と、端末機の話

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昭和40年の時刻表から... 昭和40年の時刻表から V形端末機【初期の端末機】で出... V形端末機【初期の端末機】で出力される切符
みどりの窓口は、昭和40年10月のダイヤ改正で拠点駅152駅及び、交通公社(JTB)拠点83営業所に設置されたそうですが、全ての駅並びに、交通公社に端末機が配置されたそうでは無いそうです。
交通公社は81営業所に、108駅に端末が設置されたものの、48駅は窓口はあっても従来通り電話で近隣の端末がある駅に照会をかける方式のようです。
なお、当初設置された端末は337台と書かれておりますので、全ての駅に複数台が並んでいた訳ではなさそうです。

余談ですが、国鉄の駅に設置する端末機の場合は鉄道電話網を使っているので、問題は無かったそうですが、交通公社に設置した端末に関しては電電公社の回線を使うため、回線の種類が一般電話回線では無く専用線扱になったそうです。

また、このときに開発されたのがマルス102と呼ばれるシステムで、昭和39年から開発が進められ、昭和40年10月からの利用が開始されたとされています。
取扱座席数は1日13万座席であり、それまでのマルス101では4列までしか指定できなかったため新幹線の指定席に関しては従来通り、手作業であったものの、新システム導入で新幹線も電子計算機で指定券を発行できるようになったとして大幅な効率化を図ることが出来ました。

このシステム導入により、指定券の誤発売は全くなくなったというわけは無いが半減したと、当時の部内誌では報告されています。
特に新幹線での発売効果は顕著で、マルス導入前の誤発売が1日平均、8.52件であったのが、0.94件に激減、在来線でもほぼ半減となったとされています。

なお、みどりの窓口設置に合わせて、窓口職員はベテランを充てると共に、出納の過不足金に対する任意弁償の制度を無くすことで、職員の負担を軽減すると言った施策も合わせて実施したとされています。

マルスの一日平均有効コール数は当時で1日平均14万コール、発売枚数は12万枚程度と言われています。
初期の端末は、駅名が書かれたゴム印を端末に挿入するもので、これを切符に印字するようになっていました。

国鉄線、昭和41年4月号を参照しますと、失敗談として、昭和41年1月27日未明の保守作業で、機器の不備と書かれていますが、過電流によりマルス102が完全にストップして夕方6:50まで機能が停止したとのことで、冗長構成などが取られていなかったのかも判りませんが、異常時対策の確立を考える貴重な機会になったとかかれています。

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みどりの窓口の開設 設置編

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みどりの窓口が昭和40年10月... みどりの窓口が昭和40年10月の改正で設置された、ただし全ての駅にマルスが設置されたわけではなかった。
現在でも駅で指定券を購入する場合「みどりの窓口」というカウンターがあります。(JR東海は、「きっぷうりば」としており、みどりの窓口自体がJR東日本の登録商標であることが関係していると言われています。

それ以外のJR各社及び、JRから第3セクター鉄道に変更された鉄道等で「みどりの窓口」という名称が使われています。

「みどりの窓口」の発祥は、門司鉄道管理局と言われており、全国に先駆けてはじめた国鉄セールスマンによる団体旅行勧誘に始まるとsれています。

当時、小倉駅、博多、佐賀、佐世保、後藤寺の各駅に1人ずつ配属されたが、小倉駅の助役が第一号で、現在の「みどりの窓口」の発案者の1人でもあるとwikipediaには書かれていますが、当時の資料等を確認していませんので今後確認する予定です。

当時の資料等を参照しますと、指定券発売業務自体が電話取り次ぎとなっており、実際には下記のような苦情が多かったのでは無いかと書かれています。

具体的には、


  1. 窓口で満員ですと断わられたのに乗ってみたらガラガラだった」

  2. 「発率直前に特急券を買おうとしたが行列でやむを得ず入場券で乗車した」

  3. 「苦労して手に入れた寝台券がダブっていて不愉快だった」


結局、国鉄としても肝心の収入源である指定席を十分販売できないことは問題であるとして、切符の販売が多い、152駅を選び出して、「みどりの窓口」を開設し、端末(マルス)102が設置されたそうです。

みどりの窓口設置駅
当時の国鉄部内誌を参照しますと、みどりの窓口は、下記のような目的で設置されたと書かれています。

少し長いですが、全部引用させていただきます。

窓口が果たすべき役割であるから上記のような旅客の要求にマッチした、新しい指定券の発売体制というものを確立すぺきである。

三、「みどりの窓口」前節でのぺた旅客の要求にマッチした新しい販売体制の第一歩として「みどりの窓口」を設置する。

従来の画一的な販売体制に代え、指定券の発売拠点となっている一五二駅を選定し、ここに指定券を専門に発売するI。みどりの窓口」を設置し、これを抜本的に強化する。

この窓口はどんな指定券でも完全なサービスで提供できる体制を作るとともに、このことを広く一般に周知させる。したがって「ここだけは絶対に信頼できる窓口」である必要がある。

このため、有能で経験豊かな職員をこの窓口に集中配置し、座席予約自動システムの端局装置を中心に発売体制を再編成することと

する。

 (注)現在国鉄では全国約五〇〇〇の駅で、どの駅でも全ての指定券を同じ条件で購入できる制度をとっている。だが現実には、主要一〇〇駅で全発売枚数
の八〇%が発売されている。

このようにして、国鉄では昭和40年の時刻改正で、マルス102を開発すると共に、指定券を国鉄の重要な商品として発売していくこととなりました。
続く
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東海道新幹線開業 開業1ヶ月後の状況

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新幹線時間帯別、乗車率 新幹線時間帯別、乗車率
本日は、東海道新幹線開業の様子ということで、部内誌、国鉄線という雑誌の記事の中から参照していこうと思います。
開業1ヶ月の通信簿は下記の通りでした。
ただし、東京オリンピックの開催もあったので、この数字が全てでは無いということで、割り引いて考える必要があるとしています。

1)新幹線の予約は低調だった?
新幹線開業前は予約が比較的低調で、開業後が心配されたそうですが、開業と共に人気が高まり、10月中旬には、「つばめ」「こだま」当時と劣らない乗車効率を示したと記述されています。
2)初月の収入は予想を下回った。
輸送人員は、予測通りであったが平均乗車キロは計画の9.7%減、それにつれて輸送人キロも11.4%の減少となり、収入面では36億1600万円の収入に対して、32億700万円と4億900万円の目標未達となった。
3)超特急(ひかり)は人気、特急(こだま)は不人気
 開業当初は、超特急(ひかり)、特急(こだま)として、運賃も超特急運賃と特急運賃に分けていましたが開業当初1ヶ月の結果は、下記の通りで会ったそうです。
超特急 計画に対して7.7%増、特急 計画に対して 8.3%減【いずれも計画輸送人員】
短距離区間の、東京⇔熱海間、東京⇔静岡は利用が多かったが、東京⇔大阪間は圧倒的に超特急の利用が多かったとされています。
4)誘発需要は低調
 新幹線に限らず、新たな交通手段が誕生することで、誘発需要が喚起されるのですが、開業1ヶ月の成果は、一日2500人ほどであり、30%誘発需要の予測に対して6%と低調だと記録されています。
5)超特急の月間平均乗車率は、下り88% 上り84%、それに比して特急は、上下とも63%と振るわない結果となっており、特に朝夕の特急は空席が目立つとのこと。

今後の方向性
特急と超特急の料金が200円、(現在で1000円程度)の差であり速い列車を望む傾向があることが顕著になったことから、超特急と特急の列車本数の変更、特急への旅客誘致【団体客を中心に)、特急の部分指定席化または、全面自由席化を検討する必要があると結んでいます。

在来線についても言及されております。
東海道新幹線は、東海道線の線増という位置づけでしたので、特急は新幹線に移行したものの、急行列車以下はそのまま在来線に残されました。と言うよりも、国鉄としても全て新幹線に移行させるのは不安があったからだと思われます。
開業に伴い昼行急行列車は3本廃止ししたことにより乗車率が93%→101%に増加したそうですが、その原因として新幹線特急料金と急行料金の差、特急料金【東京⇔大阪 1100円、急行 300円】との差が大きかったと推定されていますが、夜行急行列車については新幹線開通により、1割程度利用客が減少したと言う記述があります。
実際、昭和40年以降のダイヤ改正では、東海道線を走る夜行急行は、銀河と明星のみとなり、いずれも輸送力列車として寝台中心から座席車主体の編成に衣替えされることとなり、新幹線へのシフトが更に進むことになりました。
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東海道新幹線開業前、世論はどうだったのか?

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0系新幹線 0系新幹線
気がつけば2ヶ月も更新しないままになっていました、さて今回も引き続き新幹線開業前後のお話から始めさせていただこうと思います。

少し当時雑誌などから拾った記事と言うことで、新幹線開業前の世論はどのようなものだったのでしょうか。
これによりますと、新幹線開業前に、京都で新幹線を撮影しようとしたのか否かは判りませんが、桂川橋梁で7月17日に高校生が上り電車と接触して死亡したと言う記事が出ていますし、それ以外にも開業前に滋賀県内で、ガスボンベが線路上におかれてこれを跳ね飛ばした事件【年月は不明で今後調査の必要あり】や置き石事件などが報告されており、開業までの線路への立ち入りを禁止するための措置として防護柵を設けるとしています。

当時の朝日新聞朝刊の投書欄には、下記のような記事が書かれていました。
少し長いですが、引用させていただこうと思います。

二日「朝日」(朝刊)投書欄に「新幹線の事故防止に一案」と題して次のように掲載されている。「列車の前方に重量百キロほどの軽い無人探索者車を走らせ、これを列車と無線またはパルス(時間波動)無線で結び、列車から制御するのである。・・・今、考えているレーダー法などはたとえば、カラスがとまっていても危険物として探知されるという難点がある。・・・高速列車の事故は重大な結果を生じるので、その防止のためにはあらゆる可能性を検討してほしい」といっている。


まぁ、探索車はともかく、レーダー方式はそれなり面白いかもと言うか、現在のドクターイエローは前面運転台にテレビカメラが装備されていますが、現在の技術ならそれとAIを組み合わせてなんてことも可能かもしれないですね。あくまでも可能性ですが。

ただ、新幹線は従来の車両と比べて圧倒的に速度も速いことから小さな障害で大きな事故を招きかねませんので、それを避けるために新たに法律が制定されることになりました。
それが、昭和39年6月22日に公布された、「東海道新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法」

(線路上に物件を置く等の罪)

第三条 次の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

 一 列車の運行の妨害となるような方法で、みだりに、物件を東海道新幹線鉄道の線路(軌道及びこれに附属する保線用通路その他の施設であつて、軌道の中心線の両側について幅三メートル以内の場所にあるものをいう。次号において同じ。)上に置き、又はこれに類する行為をした者


となっています、この新幹線に関する法律では、山形・秋田新幹線、並びに在来線扱として届けた、博多南線のみがこの法律の適用外となっています。

http://jnrera3.webcrow.jp/potal_shiryou/Law/Law_other/s39/s39_111.html
東海道新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)

他にも、アンチな意見や突拍子な意見もあったようで、いずれも国鉄線と言う雑誌の10月号で見かけた記事を少しアレンジして引用させていただこうと思います。

最初は、アンチ新幹線の意見
"夢の超特急は空前の愚挙"と題して、八月九日号(八月二十三日号)週刊読売に掲載された記事で、「超特急『ひかり』全線試乗記」に同調したもので、東京~大阪を往復する人間が何人いるのか、料金も高価になるので乗る人は金持ちに限られるだろうし、三時間もかかる超特急より一時間そこそこでゆける飛行機を利用するのは自に見えている。
と手厳しい、新幹線開業は国鉄の自慰行為であると決めつけているのですが・・・これに対しては国鉄も部内誌の中では反論しているようです。
まぁ、一部にはこうした反対論もあったようですが、こうした意見ってよく考えてみると、クルーズトレインに反対する人の意見と同根なんですね。
自分は乗れないから、誰も乗らないだろうって・・・。
まぁ、実際はどうなのかという点は、答えを見るまでも無いんですけどね。

そして、こちらは週刊サンケイ(現在のSPA)の記事からですが

『時速二百キロで走る夢の趨特急の車内で結婚式をあげたい』という許可願が国鉄に届いて、国鉄も苦慮しているというお話。

新郎は大阪市に住む某セールスマンで新婦は静岡市内の病院で働く女子事務員。挙式をこの秋に予定しているので、新幹線の新大阪~東京の全線試運転のときに『一車両ご提供願いたい』というちゃっかりというか図々しいというか、なかなかの強者のお話。
新婚旅行客にはできるだけのサービスにつとめたいとしていますが、走る列車内での結婚式は前代未聞であり、まして試運転中なので大切な門出に万一のことがあってはこの"スピード結婚式"の許可願に頭を悩ませている。」という、まぁ、実際にそうしたことが行われたと記録は無いので、当然却下だと思われますが、面白い記事でしたので、いささか古い記事ですが併せてアップしてみました(五月十八日週刊サンケイ)

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