俳句・短歌(H24年作)

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● 足ツボに健康託す依存癖 実効あれば世界広がる    
  H24.01.21 和秀     
● 過ちをいつまで悔やむ無駄なこと 頭切換え先を楽しめ    
  H24.01.15 和秀     
● 政治とは不連続への挑戦 既得権打破橋下理論 
  H24.01.06 和秀     
● 現政治誰がなっても変えられぬ 仕組み変えねば橋下理論 
  H24.01.06 和秀     
● 茜色雲間に光る初日の出 2012年復興ねがう 
  H24.01.01 和秀

俳句・短歌(H23年作)

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● 初雪に成す術なくす景色かな 
  H23.12.25 和秀     
● 重さ産むヒッグス粒子宇宙造 不思議の世界科学チャレンジ
  H23.12.15 和秀     
● 何起こる人口増加恐ろしい 地球支配許されるのか
  H23.12.09 和秀     
● 青空に星を描くインパルス かって零戦同じ空間
  H23.1127 和秀     
● 朝起きて膝痛軽い気分良し 浮き立つ気持ち老後明るい
  H23.1127 和秀     
● 薄皮のぷよよ干し柿美味しいね 誰も食べない我独り占め
  H23.1119 和秀     
● 役に立つネタ切れ時のチャロ頼み
  H23.1113 和秀     
● 膝痛を克服できぬ老いた足 現役続く老いない心
  H23.11.06 和秀     
● ボランティア思えど成せぬ不甲斐なさ 黙すボランチ畏敬の心
  H23.10.29 和秀     
● 問題はどの家もある楽しもう この程度ならまだ幸せだ
  H23.10.23 和秀     
● 三連覇内村偉業 落ち目の男子光輝く
  H23.10.14 和秀     
● 植えたよう整然と咲く彼岸花 見てよ見てよとはしゃぐ姿
  H23.10.04 和秀     
● 記録絶つイチロー活躍ありがとう 世界に誇る日本の宝
  H23.10.01 和秀     
● 台風過気配一新秋来る 澄み渡る空稲穂色づく
  H23.09.24 和秀     
● 災害が続く列島試練年 我が身置き換え心塞がる
  H23.09.17 和秀     
● よかったねドジョウ政治期待する どっしり構え長期政権
  H23.09.03 和秀     
● かき乱す日本の政治闇将軍 国民総意1人に負ける
  H23.08.27 和秀     
● 酷暑中清流泳ぐ贅沢さ70歳に青春戻る
  H23.08.14 和秀     
● ペットとはすり寄る仕草癒しなり すり寄らぬ猫イライラ募る
  H23.08.07 和秀     
● ゴーヤ窓昼寝目覚める朝気分
  H23.07.29 和秀     
● 晴天で富士山見えぬ真鶴よ
  H23.07.13 和秀     
● 感動すなでしこジャパン夢舞台 皆で喜ぶスポーツ万歳
  H23.07.18 和秀     
● すぐはぜる閣僚の首シャボン玉 ばらばら政治日本の悲劇
  H23.07.09 和秀     
● ありがとうなかなか言えぬ名せりふ 感謝よりも不満優先
  H23.07.03 和秀     
● 梅雨晴れのうだる暑さに猫伸びる
  H23.06.25 和秀     
● 清らかに芳しきバラ凛と咲く
  H23.06.09 和秀     
● ありがとう心安らぎ笑顔呼ぶ
  H23.05.18 和秀     
● ありがとうつぶやけば怒り納まる
  H23.05.18 和秀     
● ありがとう不思議なことば幸を呼ぶ
  H23.05.18 和秀     
● ぱっと咲く庭の貴婦人クレマチス
  H23.05.15 和秀     
● 歩くことかなわぬ我が身もどかしい 全力疾走見果てぬ夢か
  H23.05.08 和秀     
● 膝痛めサッカー人生赤信号 必死のリハビリ一進一退
  H23.04.28 和秀     
● 摘み菜摘む村の放送5時知らす
  H23.04.20 和秀     
● 非常時に政権批判無責任 皆で支えよがんばれ菅
  H23.04.15 和秀     
● 早朝の十郎桜遠慮気味 水面に映すピンク影色 
  H23.04.04 和秀     
● 幸せは平凡なこと実感す 家族健康勝るものなし
  H23.04.04 和秀     
● 襲われる地震津波放射線 平和ボケから目を覚まされる
  H23.03.27 和秀     
● 原発の脅威に曝すドラマ模様 願いは一つハッピーエンド
  H23.03.15 和秀     
● 忍び泣く悲しみ耐える被災者 わが身置き換え耐える信なし
  H23.03.15 和秀     
● 恐ろしや自然の猛威目の当たり 戦後復興国民力
  H23.03.11 和秀     
● 通り過ぐボケ観音に無関心 70歳を隠すがごとし
  H23.01.11 和秀     
● 畑仕事見知らぬ小鳥一休む
  H23.02.25 和秀     
● なんだって造反分子正義とは 私的怨恨混乱拍車
  H23.02.19 和秀     
● 判断は視野の広さが鍵にぎる 知識経験ものを言う
  H23.02.12 和秀     
● 騒がしい相撲八百長情けない 国に守られひ弱体質
  H23.02.05 和秀     
● アジア杯4度目優勝よかったね 奇跡のドラマ李忠成ボレー
  H23.01.30 和秀     
● アジア杯奇跡逆転奮い立つ ドーハの悲劇氷解する
  H23.01.22 和秀     
● 空の青海の青にも映える白 淡路水仙斜面に咲く
  H23.01.11 和秀     
● 70歳バカと罵る我が家族 重ねし齢虚しさ募る
  H23.01.14 和秀     
● 個人主義行くつく先は孤人なり 面倒避けず絡み合う世を
  H23.01.08 和秀     
● 初雪に白む元日初日の出 2011年安穏願う
  H23.01.01 和秀     

恐ろしギャンブル依存症

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先日のニュースで、「妻がネットで知り合った男に依頼して夫を保険金目的に殺人」、原因は「パチンコにより金融業者に200万円ほどの借金をし、夫になじられた為」との報に接する。それまでに200〜300万円もの借金をして夫が返済を余儀なくされ、返済し終わった後にまた借金をした結末である。バカな妻と誰しも呆れ返ったであろう。パチンコ屋に入ってみると昼日中女性客が6〜7割も興じている。夫が稼いでいるのに…と思わずにいられない。それにしても勝てるはずもないパチンコにのめり込み、家庭をも崩壊させてしまう愚かな人が年々増えているという。特に近年は一般家庭の主婦が増えているという現象は大きな社会問題に発展している。新聞ダネになるのはまだ少なく、それぞれの家庭内で恥が公にならないよう必死に防御しているのであろう。
 このような愚かな所業は理屈では説明できないし、止めたいと思っても止められない精神状態は正常でない。文献等で調べて見ると、「ギャンブル依存症」というはっきりした病名が付けられている。調査結果を以下にまとめる。
1.ギャンブル依存症はれっきとした病気である。
よく知られる依存症、タバコ、麻薬、酒、拒食症、過食症、等と同列に扱われている。依存症とは自己コントロールができないという共通点があり、これから抜け出すのは容易ではない。
2.ギャンブル依存症とは
病気ではあるが、一般的な病気とは質が異なる。この病気は治らない。言い換えれば体質であり、この体質を変えることができないということである。
この体質とは2つの点が特徴である。
? ギャンブルで大勝した快感が脳に刻み込まれている。暇な時、自由な金を手にした時、精神的に開放された時、悩まされうさをはらしたい時、友人から「ギャンブルをしよう」などと誘われた時、ふと「ギャンブルをしたい」という衝動に襲われる。最初は軽く思うだけだが、その衝動が次第に強くなり、やがては脅迫的衝動となって襲ってくる。
? ギャンブルをやり始めると脳内に「エンドルフィン」という「脳内麻薬様物質」が分泌される。これは快感と安らぎを与える役割を果たすが、この分泌量が一般の人に比べ何倍か多いという事実が実証されている。従って、ギャンブルをやっていると快感と安らぎを覚え、止めるといらいらするという状態になる。この麻薬効果は数日続き、一旦ギャンブルを始めるとなかなか止められないし、その日は閉店により止められても、翌日またやりに行くことになり、有り金すべて使い果たす所以である。数日ギャンブルをやらないとこの「エンドルフィン」効果はなくなり平静になる。
3.ギャンブル依存症に罹る原因
最初は遊びとして、或いは気晴らしとしてギャンブルを楽しむのであるが、回を重ねているうちに大勝する回数が増え、また大きな額を経験する。その快感は次第に脳深く刻み込まれる。また、「エンドルフィン」分泌量も回を重ねるに従い増える。勿論、これらの程度はそれぞれ個人差があり、遺伝的に刻みこまれ易いとか、分泌しやすい体質とかがあるのであろう。また、見過ごせないのは中学とか高校という脳がまだ敏感な若年から初めると重症になりやすいという点である。タバコも同じで吸い始めた年齢が若いほど後遺症として深く残り、止めることが難しくなる。
4.ギャンブル依存症による悲劇
ギャンブルによる悲劇は多くの事例集をみると目を覆いたくなるものばかりだ。気分が悪くなり最後まで読む気になれない。本人が無茶苦茶になる以外に家族・周辺の人々まで巻き込み、精神的・経済的ダメージは計りしれない。ギャンブルはお金を掛けているだけではない、自分の人格・信用・生活・将来を掛けていることになる。
5.ギャンブル依存症との闘い
前述したが、ギャンブル依存症は治すことができない。何故ならそれは体質であり、一度出来上がった体質は変えることができない。しかし、その体質を理解し、ギャンブルをしないよう管理することはできる。例えば、エイズのように患ってはいるが、発症しないよう体調を整え、他の病気に罹らないよう生活をコントロールする。
 一度ギャンブルを始めると「エンドルフィン」効果で自己コントロールができなくなる。「チョットだけ」「今日だけ」「1万円だけ」という気持ちで初めてはならない。一般の人であればなんでもないことなのにギャンブル依存症は地獄の始まりだ。管理できるとすれば、「ギャンブルをやりたい」という脅迫的衝動を撥ね退けるしかない。
? 他の事に熱中し、ギャンブルをしたいという隙を作らない。
? ギャンブルよりもっと楽しい遊び・趣味を手がける。
? ギャンブルの衝動から逃れる訓練を行い、自信を持つ。例えば、タバコを止める、酒を飲まない、毎朝ジョギングをする等、自身にとって耐え難いものに挑戦し自信を付ける。
6.ギャンブル依存症克服の難しさ
まず、第一に本人が「ギャンブル依存症という病気を患っている」という自覚がない。自覚させることが非常に難しい。説得して自覚させることが出来ない。ではどうしたら自覚するのか。殆どが「底つき」を経験しないと無理のようである。「底つき」とは有り金を使い果たし、高利息金融機関から高額の借金をしてどうにもならない状態を言う。犯罪、自殺、自己破産、離婚、離職、勘当など精神的にボロボロになって、ヤット「俺は病気なのだ」と自覚する。自覚することにより、自分の病気と正面から対峙するというのである。従って、家族の力で借金を返済したり、2度とギャンブルをしませんと誓わせたり、ギャンブルをしないよう四六時中監視をしたりしても決して良くならないばかりか、直りを遅くするだけだとの指摘がある。
7.ギャンブル克服システム
病気であると自覚すれば克服方法がある。唯一の方法であるが、グループカウンセリングである。アルコール依存症に効果があるということでアメリカにて開発された方法である。ギャンブル依存症で悩んでいる本人が定期的に集まり、 体験談・悩み事・精神状態など日ごろ内密にしていることを思いっきり発表することによりストレスを発散し精神的な平静さを取り戻す。また、メンバーの告発を聞くことにより、依存症が何たるかを客観的に見極めることができる。依存症克服のための12ステップが用意され、実践することにより少しづつ良くなるという療法である。
その組織の名前は「ギャンブラーズ・アノニマス」Gamblers Anonymousである。 この会は全世界の主要都市にて開かれている。日本でも東京・大阪・名古屋・その外地方都市でも開かれている。
アノニマスでの知見を列記する。
1)ギャンブル依存症体質は一生改善できない。
2)ギャンブルから逃れられる方法は唯一自助会(アノニマス)に出席し続けることである。
3)例え、10年ギャンブルから遠ざかっても安心できない。ギャンブルから酒・買い物・投資・仕事などの依存症へシフトする恐れが大である。刺激があり即効性のある行為に興味を示し、引き付けられる傾向がある。
4)また、1〜2年ギャンブルをしないと、本人も周りももう大丈夫だろうと思う「直ちゃった病」に罹り、自助会から遠ざかる。これが最も危険であり、再発する可能性大である。
5)高学歴であったり、自分は他の人より賢いと思っている人は数回出席すると「俺はもう判った」という感覚になり、出席しなくなる。
6)依存症は考えるより、巧妙で深刻な病であり侮ることはできない。
7)依存症は1年目・3年目・5年目というような節目に必ず何か危険が襲ってくる。それを無事回避するには自助会に参加し続け、そのタイミングでグループ員からのアドバイスを受けることである。
8)依存症は進行性があり、何もしないとどんどん悪くなる。自助会に参加しておれば逆にどんどん良くなる。自助会には依存症回避の知恵が凝集されているので、その知恵が進歩するのである。
9)ギャンブル依存症に罹っている人は精神的に弱いとか理性がないなどの性格的欠陥がある訳ではない。極普通の人が罹る現代病である。病気という認識を持つことが本人並びに家族には大切である。
10)特に、本人が病気という意識を強く持ち、進んで自助会へ参加しないとギャンブルから逃れることはできない。
11)本人が病気という意識を持つ為には、本人がどうにもならない(底つき)ところまで追い込まれないと難しい。
12)そのためには家族がいつも尻拭いをしていては本人が甘えるばかりでどんどん悪い方に進む。家族は本人を突き放し、尻拭いを拒否せねばならない。
13)そのためには、本人がうつ病になり自殺する恐れがあるし、借金で暴力団に命を取られる恐れがあるなど最悪のケースを予想しなければならない。しかし、この恐れに屈することが無い様、家族は腹をくくらねばならない。家族の最も苦しく耐えねばならない点である。
14)家族は共依存症のワナにはまらないよう注意しなければならない。本人が家族に依存し、家族は本人を支えるという構図が慢性化することである。家族は自分が必要とされる存在に慣れ、必要とされないと落ち着かない、或いは何時も人を助けていないと落ち着かないという精神状況である。
15)本人が依存症から脱出できるのであれば何でもしてやろうと意気込むのは危険である。むしろ、本人を大人として突き放すよう心がけるべきである。

ご意見・ご感想をどうぞ!  kazu@usedmachinery.bz

カマボコ型とチクワ型

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人間の性格、特徴、個性はまちまちであり、どの性格が良いとか悪いとかを簡単に論ずることはできません。血液型により性格を特徴づける話は良く聞きますし、本まで出版されていますが、私は以前から人間は2つの型に大きく分類されるような気がしてならない。それが「カマボコ型」と「チクワ型」である。

カマボコ型

 蒲鉾のように、外部から表(良い点)と裏(悪い点)がはっきりして、全体像が見られるタイプである。周りの目を気にすることが少なく、悪い点もさらけ出してしまう。周りからの評価は、「軽率」「目立ちたがりや」「でしゃばり」「視野が狭い」など、総じて良くない。一方良い点は、「さらけ出すためストレスを溜めない」「周囲を気にしないため思い切った行動ができる」「企画力、実行力に優れている」など、個性的な面が魅力である。

チクワ型

 竹輪のように何処から見ても表(良い点)ばかり見えるが、ある時たまたま上から見ると深い裏(悪い点)が見えるタイプである。周りの評価を気にするため「人当りが良い」「ミスなく思慮深い」「敵を作らない」「守りに強い」「バランス感覚が良い」「演技が出来る」など、一般的に賢い人という好印象を与える。一方悪い点は、「鎧で身を固め人物像が掴めない」「利害に敏感で、不利益と思えば逃げる」「深い付き合いをしない」「消極的」など、頼れない面が浮かび上がる。

皆さんは自分がどちらに属していると思われますか。この2つの性格は社会生活では面白いように絡み合い、その状況により良い面を発揮したり、悪い面が浮き出たり、また2つが上手く絡み合って相乗効果をもたらしたり、生活に変化を与えている。    

夫婦関係  

 上手く行くのは「カマボコ型とチクワ型」の組合せでしょう。特に、夫がカマボコ型、妻がチクワ型の組合せは最高です。夫が主導権を握り、猪突猛進する一方、妻が失敗させないようブレーキを掛けながら周りに気配りする。妻は気苦労が耐えませんが、総体的には素晴らしい家庭を築くことになります。

「カマボコ型とカマボコ型」の組合せでは、それぞれが我が道を行くタイプですので喧嘩が絶えず、落ち着いた家庭は望めそうにありません。「チクワ型とチクワ型」の組合せは、本音を言わず喧嘩を避け、お互いに無視し合うような、寂しい家庭になりそうです。

会社経営 

 最も望ましい組合せは「社長がカマボコ型、NO.2がチクワ型」の組合せです。社長は企画力・実行力があり、それを補佐して失敗させない気配りするNO.2がおれば会社は安泰です。カマボコ型の社長に補佐役のチクワ型が居ない場合はお山の大将となり失敗することになります。また、「社長がチクワ型、NO.2がカマボコ型」の組合せは、NO.2が能力を発揮できず、社長の独壇場となります。現状維持であればこの体制でも構わないでしようが、改革・成長を遂げようとする会社であれば実現は難しいでしょう。

サラリーマン 

 中小企業では命運が掛った問題を処理しなければならず、「カマボコ型」の能力を必要としますが、大企業になれば問題解決能力よりも問題を起さない失敗しない、誰からも評価され易い「チクワ型」が有利になります。ピラッミド型の経営体系であれば、間違いなく「チクワ型」が勝ち残ることになるでしょう。 

起業家

 起業家は「カマボコ型」にうってつけです。逆に、「チクワ型」は起業しないでしょう。創業当初は「カマボコ型」経営者1人でも上手くゆきますが、拡大するに従い安定経営のため、「チクワ型」のNO.2が必要になります。更に発展し、拡大志向から長期安定経営に移る場合は「カマボコ型」経営者より「チクワ型」経営者にバトンを渡した方が良さそうです。 

官僚機構

 お役所は「チクワ型」の集団となります。与えられた仕事をそつなくこなし、目立つことなく皆から信頼を得る人が優秀と評価されます。「カマボコ型」は能力を発揮する場が少なく、自然と「チクワ型」へと洗脳されることになります。何時までも洗脳されないと異端児としてピラミッド体制から落ちこぼれてしまいます。かくして「チクワ型」に占領された頑丈な官僚機構は、内部からの変革は望むべくもなく、外部から突き崩すことも難しい実情が理解できます。

我が家の環境家計簿(CO2排出)

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先日、テレビの地球温暖化に関する番組で、専門家が「ティッピングポイント」なる恐ろしい現象を説明していた。南極の氷が一挙に崩壊溶ければ地肌がむき出しになり、今まで氷により反射されていた光熱が地肌を暖めることになる。地球温度が急激に上がり、どんなに温暖対策を施しても絶対に元にもどらない。その限界が「ティッピングポイン」である。その時期はまだ予測されていないが、10年以内に起こる可能性がある。要するに温暖化対策は時間との勝負、今すぐ強力対策を実施しないと間に合わない。人類滅亡へと進むことになる。もう、国際的な協議、政治判断を待っていては手遅れになる。個人、家庭、企業がそれぞれできる事から始めなければならない。私も行動を始めよう。まず、我が家の環境家計簿を作成し、我が家のCO2ガス排出量を算出した。
H19年環境家計簿(亀山家)
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項目電気量(KwH)灯油量(リットル)水道量(立法メートル)ガソリン量(リットル)燃えるゴミ(Kg)
炭酸ガス単位量0.44Kg/KwH 2.53Kg/リットル0.59Kg/立法メートル2.35Kg/リットル0.88Kg/Kg  
平成19年1月1197--6072
平成19年2月877-2514172
平成19年3月856140-15172
平成19年4月1014-2919172
平成19年5月740--24772
平成19年6月499-6019372
平成19年7月49736-17872
平成19年8月659-5819372
平成19年9月718--22172
平成19年10月522-7016972
平成19年11月579--17172
平成19年12月864725619472
平成19年合計消費量90222482982109864
平成19年合計炭酸ガス量Kg39706271764956760

合計炭酸ガス量10489Kg
我が家は夫婦・娘・孫(2人)の計5人、一年間のCO2ガス排出量は約10トンと判明した。これには公共の乗り物による排出量とか食料・雑貨類など買い物を生産する時及び運搬する時の排出量は含まれていない。日本の一人当たりの年間排出量は約5トンということなので我が家はかなり少ない部類のようだ。この10トンが吸収できる森林面積は28000?(170m×170m)と判明した。今、全世界でのCO2排出量は年間700億トンで、森林による吸収は300億トン、即ち400億トンが放出されている。
我が家の10トンをどう減らすか、今年の目標を半分の5トンに設定しよう。その対策案を以下に示す。
1)50%占める自動車のガソリン量、思い切ってハイブリット車へ買い換える。
2)次に40%占める電気量は ?古い冷蔵庫を最新の省エネ型冷蔵庫に買い換える ?ソーラー発電採用 ?風力発電採用 ?テレビ時間を減らす ?無駄な点灯を減らす
3)ゴミ量を正確に測量する。?分別を今まで以上に的確に行う ?買い物袋持参
4)灯油は風呂用のため、風呂使用を少なくし、シャワーで済ます。

以上の対策を考えているが、かなりの資金が必要なのと家族の協力が得られるか自信はない。周りが全くその気が無い環境で我が家だけに強いる、「お父さんは考えがおかしい」「思い込みが激しい」「何のメリットもないものにお金を使う」などの陰口が聞こえて来そうである。
こう考えると温暖化防止策は難しい。人類滅亡へのカウントダウンが始っているような気がする。

老いに備えて

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 周りに老人が多い、私もその仲間入りしたのであろう。まだ、実感が沸かず他人事のように考えている。どの老人を見ても楽しそうでないのがショックである。幸せそうな年寄り、自分もあんな歳の取り方をしたいと憧れるような年寄りになかなかお目に掛かれない。テレビなどで見る外国の年寄りは実に表情豊かで楽しそうに見える。

 社会との拘りを早くから絶ち、悠悠自適の生活に入ることは周りとの煩わしさから開放され自分の世界にこもることになるのだろう。他人との会話、葛藤が無くなり喜怒哀楽が次第に少なくなる。心穏やかではあるが感性が次第に衰え、興味対象が狭まり益々灰色の世界に入り込む。結果として表情が次第に乏しくなり、話題も昔話のリピートに終始して若い世代との会話が出来なくなる。歳を取れば取るほど孤立を深めることになる。

 又、私が最も陥りやすいと警戒するケースであるが、相手に話すチャンスを与えず独りよがりの話に終始するケースである。昔の自慢話とか、自分の得意分野の話とか、自分の近所の人にまつわる話とかに夢中になり、相手に興味があろうがなかろうがお構いなく話し続ける。聞いている相手は成すすべなく、ただ愛想笑いをしてうなずくだけである。要するに対話にならない。これも孤立を深めるパターンである。

 このような年寄り像に見えるのだが、自分だけはこの徹を踏みたくない。どうしたら良いのだろう。ここで老後に備える心得をまとめてみる。

1. 過去を振り返らない。特に過去の栄光を懐かしみ、プライドを捨てられないのは悲劇の始まりである。しかし、これはなかなか難しいことである。私は「私の主張」を「自分史」と位置付け、書くことにより過去に決別しようと心掛けている。
2. 積極さを失わない。新しいものの発見に努める。今までやったことの無い何かを始める。
3. 会話は出来るだけ内容のない、たわいもない話しに終始する。内容を伴うと独演となり、周りの人との対話が続かず、楽しい雰囲気にならない。私の理想は「さんま」である。さんま的会話を是非身につけたいが、難しいのは乗り易い相手がいないと会話は続かない。若い人は比較的乗りやすいため、出来る限り若い人との接触を増やすことであろう。
4. 長いサラリーマン生活で喜怒哀楽を表すことは「はしたない」「軽率」「自慢しい」「目立ちたがり屋」のレッテルを貼られ出世に支障が出たり、レベルが低く見られたりするため極力避けていた。この習慣は明るさを失い、重苦しい雰囲気を漂わすことになる。年寄りに必要な明るくて楽しい雰囲気を醸し出すためには喜怒哀楽を素直に表現することが重要である。例え、バカ扱いされようが、ひんしゅくをかおうが、プライドに傷がつこうが気にすることなく思い切った表現が必要であろう。但し、周囲に迷惑を掛けたり、嫌な思いをさせないことが前提である。
5. 自信が無くなると、自分が周囲にどう思われているかが気になり視野が狭くなる。自信があれば心に余裕が出来て、他人の考え行いに関心がもてるようになる。他人の良い行い、考えを敏感に察知して素直にほめ言葉を発するだけの余裕を持ちたいものだ。
6. 今までの私の欠点であるが、もっと服装に気を配る。家の中でもきちんとした服装に心掛け、何時でも外に出られる体勢でありたい。特に、今まで着たことのないような派手目の服装を積極的に選び、着こなす努力をしたい。

 以上は心得であるが、健康をそこなえば心得どころではない。健康が楽しい老後の絶対条件であることは言うまでも無い。
(執筆:2001年3月)

自分の能力に気づいた時

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 自分にどんな優れた能力が備わっているのか自覚することは人生にとって極めて重要である。一般的には年長者が気付き「お前にはこうゆう優れた能力を持っている」とアドバイスを受け、自覚するケースが多い。私の場合は自分自身で気付き自覚するようになったが、その時期は余りにも遅かった。

  若い人が劣等感にさいなまれ苦しんでおられるならば、「あなたにはまだ気付いていない人より優れた能力がある。早く気がつきなさい。」とアドバイスしたい。新たな優れた能力は環境が変わり追い詰められた場合に発揮されるのであって、マンネリ的環境ではどんなに素晴らしい能力を持っていても発揮されることはない。

  私には多くの劣った能力、欠陥性質を持ち日夜悩んでいるが、逆に他人より優れている2つの能力があると自負している。一つは創造力、もう一つは目的完遂(実行力)能力である。その能力を自覚したのは前者が36歳、後者が50歳頃である。

  大学(私学)を出て、新日鉄(当時、八幡製鉄)に入社した時から劣等感にさいなまれ、惨めな毎日を送っていた。今から思えば一流大学の同期生・先輩に囲まれ、何かにつけて劣ると先入感を持っていたのであろう。自分なりに頑張ってはいたが、「よく失敗をする」「難しい議論について行かれない」「視野が狭い」「記憶力が劣る」「冗談が云えず仲間付合いが下手」など当時の悩みを思い返す。  周囲の人から云われた何気ない言葉「亀さんが出来るのだから誰にも出来る」「亀さんは現場の人と同じレベルだ」など、劣等感で悩んでいた当時、胸に突き刺さる言葉であった。

  掛長にもなり油の乗切った35歳の時、水平連続鋳造開発プロジェクトに設備担当リーダーとして配転になった。このプロジェクトは2年前からスタートしていたが上手く行かず、設備担当1人では足らず強化のため送り込まれた次第であった。暫く勉強の積もりで様子を見ていたが試験鋳造は失敗ばかり、どぶに大金を捨てるが如く製鉄所としても大問題であった。失敗状況から原因は明らか、同じ方法で繰返しても成功は有り得ないと1ヶ月で結論に達した。ではどうすれば良いのか、日夜考えた末、粉末潤滑方式を考え付き提案した。しかし、リーダーを初め誰一人私の提案に同調するものは無く、無視されてしまった。今まで散々苦労してきたのに、ここで振り出しに戻るような新方式に切り換えることは出来ないとの判断である。

  その後私の取った行動は現行試験に拘る仕事は全て部下に任し、潤滑方式の試験機設計・製作に没頭すこととなる。会議でも周りを無視して自分の仕事をするため、リーダーから「他事をするな」と叱られる始末。とうとう会議にも出席せず、周りの非難の目を無視しながら潤滑方式にまい進した。全く独自の前例の無い潤滑方式のため、アイデアーを必要としそれを試験で確認しなければならなかった。

  約1年後、何回目かの試験で、上手く行きそうな結果を得ると形勢は逆転した。やってもやっても失敗する現行法に疲れ果てたグループは私の潤滑法のささやかな成功に飛び付いたのである。それ以降は完全に私が主役となり、全て采配を振るい実機の設計・製作を3ヶ月間で終えた。第1回目の試験鋳造で過去最大の長さに達し、2回目には目的の15mを達成した。鋳造速度も申し分ないレベルであった。アットいう間に3年間達成できなかった目的を達成した訳である。

  この経験は異端児扱いされても自分の考えを貫き通した自分と問題を解決するためには周りへの気使いを一切せず迷惑を撒き散らした狭量の自分が浮かび上がり、良い面と悪い面を自覚することとなる。しかし、最も大きい収穫は「一流大学出ばかりなのに成功の可能性のない現行法に固守し、何故新たな方法を考えようとしないのか」「頭の良し悪しとは何なのか」と疑問を持ったことである。

  結論は学校の成績が良い人は「記憶力と集中力」に優れ、失敗をしないで現状維持する場合に能力を発揮し易く、大企業の管理者に向いている。逆に改革・改善を必要とするような追い詰められた状況では創造力ある人が能力を発揮する。この2つの能力を一人で持つことは難しく、脳の構造からしてどちらかに片寄らざるを得ないのであろう。自分は明かに創造型という認識を得たのである。

 これ以降は一流大学出の人達を見る目が変わり、気後れをしなくなった。しかし、大企業では一流大学というレッテルとそつ無き能力が評価され、摩擦を繰返す創造型がどんなに実績を上げても評価されないのは悲しい実情である。
(執筆:2000年10月)

問題解決思考 

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 人生とは問題との戦いである。どんな人でも大なり小なり問題を抱え、悶え苦しんでいる。他人から見れば「そんなの大した問題ではないよ」と思えても、本人にとっては常に深刻なのである。

 ここではこの苦しみから逃れるため、積極的に問題解決に乗り出す時の方法について考えを述べてみる。ただ、いろいろな問題があるため、どの問題にも当てはまるとは思えない。私は機械技術を専門にしていたので、現場の故障原因解明、機械の改善・開発を長年担当し、その経験から自己流の問題対処法を身に付けた。それを一般的な問題解決法に応用できると考えるのは少し乱暴ではあるが、一部参考になるものと考えをまとめる決心をした。

1.対策人間になるな
 問題を解決する場合、最も陥りやすい悪習は「どうしたら解決できるだろうか」と対策を考えてしまうことである。苦しめば苦しむほど「ああしたらどうだろうか、こうしたらどうだろうか」と短絡的に思いを巡らしてしまう。また、「何か良い知恵がないだろか」と考えようとするが、そんなに簡単に出てくるような知恵・対策であれば誰でも考えつくだろうし、自分でもそこまで来る前に対策を思い付いているだろう。従って、直接対策を考えることは直ぐ行き詰まり、それ以上の進展は望めない状態に陥る。ここでは誰も気がつかない、或いは今まで考え付かなかった新しい対策をどうしたら編み出せるかについて考える。

2.解決の糸口は現場にある
 最も重要なのは「どうしてそうなったのか」または「どうしてそうなっているのか」という現状を把握することである。そのためには現象が起こっている現場に出向き、実情を的確に把握しなければならない。また、人間に拘ることであれば、その人の置かれた環境を良く調べたり又は本人と直接話して本人の立場を良く理解することである。現状を的確に理解できれば、問題の原因が解り、自然と対策が浮かんでくる。対策は考えるのではなく、よく調べれば自然と出てくるものである。殆どの問題はこの手法で解決できると言っても過言ではない。ただ、複雑な問題になれば現状把握は難しく、ある程度訓練とか経験が必要となる。即ち、物を見ても主観が働き、生の姿を見誤る恐れがあるからである。主観を捨て子供のような素直な目が必要となる。しかし、一般的な問題であれば現場の状態を調べる、或いはその人の状態を調べるという行動だけでも大きく前進することでしょう。

3.考えのポテンシャルを高める
 繰返し現状調査をしても原因が解らない、或いは原因が解っても良い対策が考えつかない場合がある。特に、前人未踏の発明とか不可能と思われる難問の場合にはこの状態に陥る。ここで必要なのは偏屈なほどの執念であろう。絶対に解決してやるという気構えがあれば、くつろいでソファーに座っている時、電車に乗っている時、トイレに入っている時、眠りにつく前など時間があれば繰返し繰返し考えることになる。調査結果を思い浮かべたり、問題が発生するプロセスを考えたり、人と議論した内容を考えたりするのである。この状態が長く続くと、例え新たな進展が無くても「考えのポッテンシャルが高まっている」のであろうか、あるレベルに達すると全く予期せぬ時に「新たな考え」が頭に浮かぶのである。寝て居る時、顔を洗って居る時、友達と話している時、街を歩いている時全く不意に頭に浮かぶのである。神がかりと思われるぐらい不思議な現象である。私は当初「私自身の特異能力」と考えていたが、どうもそうではなく本で読んだり話を聞いたりした結果、この経験者は意外に多いことに気がついた。大学教授とかいわゆる知恵者と思われる人が夜寝る時に枕もとにメモ用紙を置き、睡眠中に思いついた考えを忘れないようにメモする話をよく聞くでしょう。

4.問題は公表し大きく取り扱う(2002/5/7追記)
 身内の問題は恥ずかしいため、外に漏れないよう最大の配慮をする。外に漏れなければ大した問題でないとし、うやむやに処理してしまう。結果として問題の根源を取り除くことなくまた繰り返すことになる。
 問題の根が深く、なかなか解決しそうでない場合は思い切って恥ずかしくても公表して問題を大きく取り扱うことが解決に繋がり易い。公表すれば周囲も問題を知り注視することになり、当人も周囲も恥ずかしいが為逃げることなく必死に解決に努力する。恥をかいてでも解決したいという強い意志と勇気が必要である。
 政治・会社とか学校とか、多くの人が関わっているような問題を解決するには公表は必須不可欠な場合が多い。また、家庭内の問題でも公表により周囲の協力が得られ、一挙に解決する場合がある。しかし、公表には必ず常識派の反対がつき物であり、強いリーダーシップが無いと難しい。

5.問題解決能力が主役
 学校の成績が良い人即ち集中力が在り記憶力・理解力のある人、一つ聞けば十知るというように頭の回転が速い人が世の中では頭の良い人と言われている。日本の学校教育は記憶力中心になっているし、この能力が余りにも高く評価され過ぎているきらいが在る。物事を考える力、創造力、問題解決能力は記憶力・理解力とは対極にある可能性がある。勿論、ある程度の記憶力・理解力は必要だが、この能力に優れた人が物事を考える力があるとは言えないし、むしろ劣っている人に考える力があるような気がする。何故ならば物事を瞬時に理解できず、何故だろうと時間を掛けて考えてみないと人並みに理解できないからである。この考える習性が身に付き、創造力・問題解決能力を助長させているのではなかろうか。世間では記憶力・理解力の優れている人は脚光を浴び直ぐ目につくが、創造力ある人は目につかない。何故なら創造力という能力は重要と思われていても、どのような人が創造力があるのか見分けがつかないからであろう。実は「創造力のある人とは実績を挙げる人」にほかならない。零細企業・中小企業の社長さんによく見かけ、創業者には不可欠な素養と考えられる。競争が激しくなれば自然と脚光を浴びることになる。日本では官僚・大企業を中心に学歴主義がまだはびこり、大きな障壁になっているが競争激化に伴い徐々に崩れつつある。アメリカの強さはこの価値観(実績を挙げる人=創造力あり、実行力ある人)が広く一般に重要視されているからであろう。

 世はコンピューター時代、記憶力の重要性はますます低く、何処に聞けばどんな情報が得られるかさえ知っておけば全く不自由はない。それより問題を自力で解決したり、新しいものを生み出したりする創造力を身に付ける必要性はますます高まっている。日本の学校教育を早期に根本から見直す必要があろう。
(執筆:2000年1月)

知識教育から創造教育へ

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 日本経済がどんどん悪化している。起こるべくして起こっているのであろう。どこまで悪化するのか底が見えないのは不安であるが、これだけの人間が暮らしているのであるから何時かは上昇に転ずることになろう。ただ、産業界は七転八倒一皮剥けないと立ち直りは難しい。私が気がかりなのはその産業界を根本から支える教育内容の早急な変革である。一時も早く変革しないと産業界はもとより日本全体の立ち直りを大きく遅らすことになる。
 現状教育の最大の問題は有名大学から一流企業を目指す安定指向の流れである。そのための教育、即ちペーパーテスト中心の知識教育に偏向している点である。現状では日本全体が安定指向型に覆われている。現在のような問題が山積し不安定な世の中を改善する力は安定指向からは出てこないし、逆に抵抗勢力となってくる。
 産業界の現状を改善するのはニュービジネスであり、若い人が次から次へと事業家を目指してチャレンジする姿であり、それを支えるビジネス環境である。私の周りには事業家を目指そうという若い人は皆無である。これだけ不況にあえぎ就職難でありながら「事業を興したい」と志す人にお目にかかったことがない。父親の事業を継がざるを得なくなった若手事業家はいるものの志を持って事業家を目指す人はいない。
 この現象は何に起因するのであろうか。

1.事業をすることは危険が伴い、難しいと大人が思っている。従って、自分の子供がそのよな危険を冒すことを望まない。
2.会社を作り、成功した人よりも失敗して惨めになった人の方が事例が多い。
3.豊かな生活環境の中で育ち、ハングリー精神とかチャレンジ精神が乏しい。
4.自分が事業家に向いているかどうか、どのような能力が事業家には必要なのかの判断材料が無い。
5.若い時に事業に興味を持つようなチャンスがなく、自分の能力はどのような職業に向くかということは考えても事業家に向いているかどうかは決して考えない。

 このうち私が重要と考えるのは4.と5.である。私自身、事業家に向いていると考えるようになったのは新日鉄での新規事業担当になり成果が上がりだした47歳ころである。それまではサラリーマンが自分にとって天職であり、事業家など考えもしなかった。事業家との接触する機会はなく、事業家になることなど考えるチャンスもなかった。この経過が私にとって衝撃的であり、事業に興味を持つチャンスが全く無かった学生時代及び若きサラリーマン時代に大きな疑問を感ずるようになった。これでは若い事業家が生まれて来ないのは当然である。

 ではどのように教育内容を変革すればよいのか考えつく点をまとめる。

1.ペーパーテスト中心の記憶・知識教育を少なくし、思考能力・問題解決能力向上を目指す。
2.教える教育でなく学ばせる教育、受身教育でなく生徒の主体性ある教育が必要。
3.中学或いは高校教育に社会で活躍している実業家・スポーツ選手・芸術家・ボランティアー等を特別講師として招き、子供達に夢を与える。
4.特色ある時代に即した自由な教育を醸成するには教育制度の規制緩和が必要。社会人の先生への登用を促進すべし。

 問題の根源は大学にある。志も目的もなく、入れば遊んでいても卒業でき、入学難易度におんぶされた看板大学では未来は無いであろう。まずは2つの改革が望まれる。
?米国式に、入るのはたやすく出るのは難しくする。
?教育内容に特色を持たし、将来の進路に合わせた大学選びができるようにする。

 この教育変革を促すのが産業界であるが、産業界が変わってそれから教育改革では余りにも時間が掛かり過ぎる。政治主導で今こそ迅速に改革を断行すべきであろう。
(執筆:2001年10月)

美しい振舞い それは謙虚さ

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 大正11年の晩秋、あのアインシュタインが日本に訪れた時残したという言葉「日本人が本来もっていた、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらの全てを純粋に保って、忘れずにいてほしい」には心打たれる。アインシュタインの脳裏に焼き付けた謙虚さとはどんな様をいうのであろうか。

 この抽象的な心の状態を具体的に紐解いてみる。私自身、或いは周囲の人が謙虚さを無くしていると感ずるのは、次のような振る舞いである。
1.感謝の気持ちを無くし、不平不満ばかりを言葉にする。
2.相手の話を聞こうとしないで、自分の考えを押し付ける。
3.相手の立場を考えないで、自分本位の行動をとる。
4.相手の欠点ばかりを意識し、自分より格下に見る。
5.自分の優れている点ばかりを意識し、相手より優れていると思う。
6.人の好き嫌いがはっきりしている。初対面の人によそよそしい。

 このような振る舞いでは周囲の人の心を捉えることは出来ない。身近な「挨拶」という日常的な行いでも、相手を無視して挨拶をしなかったり、口先だけの心がこもらない挨拶になったり、相手に与える印象は快いものではない。謙虚さとは一言でいえば「相手の存在を認める」ことではないだろうか。相手を無視したり、バカにしたりするのではなく、その人の価値を認め存在を意識することではなかろうか。いつも自然に心掛けられる状態が望ましい 。 このような心の状態を維持できる人、即ち「謙虚さのある人」になるためにはどうすれば良いのだろう。日ごろ考えていることをまとめる。

 謙虚さが備わっていると感ずる人を観察すると、共通しているのは「過去に大変苦労をした人、或いは現時点で大変なハンデーを負っている人」である。余りにも過酷な境遇に置かれ、自分の力の限界を感じ神仏にすがり、周囲の助けによりかろうじて脱出することができたという経験を 持った人である。即ち、自己の能力の限界を悟り、助けられた周囲の温かさに感謝する気持ちが自然に湧いてくるのであろう。このような心の状態を何時までも忘れず維持することではなかろうか。

 世の中は昔に比べ日増しに便利になり、楽になり、安全になり、欲しい物は何でも手に入るようになった。この環境が昔のような苦労するチャンスを少なくし、また苦労してもその度合いが軽くなっている。特に、子供達には苦労は肥やしであり、苦労なくして立派な大人にはなれない。それにも拘らず、昔苦労した大人は「自分達の苦労を子供達に味はしてはいけない」とばかり苦労から子供を守る仕草となっている。この流れが謙虚さ・忍耐・質素・努力など個人として必要な内的素養を喪失させているのであろう。問題を解決し、苦労の種を除けば、その裏では内的素養を無くす恐れがある因果関係を常に意識する必要がある。

美しい振る舞い決める謙虚さ 感謝の気持ち話し聞く耳
                   H18.08.31 反省しつつ 和秀
(執筆:2006年10月)
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